UNICEF東京事務所代表ロベルト・ベネス インタビュー【前編】

2021年6月1日 東京発

UNICEF
2021年6月01日
UNICEF東京事務所代表ロベルト・べネス
UNICEF Tokyo/2021

2021年6月1日 東京発

2021年4月、ロベルト・ベネスがUNICEF東京事務所代表に就任しました。UNICEFの国事務所や本部で20年以上のキャリアを築いてきたベネスに、UNICEFでの仕事とプライベートについて質問しました。前編では、べネスのキャリアやUNICEF東京事務所代表の仕事などについてお届けします。

 

まず、UNICEF東京事務所代表の仕事と東京事務所の役割について教えてください。

私は、UNICEF東京事務所の代表として、UNICEFの最も重要なパートナーであり、ドナーの一つでもある、日本政府との関係を強化するための活動を率いています。東京事務所はUNICEF本部・公的パートナーシップ局の一部であり、日本政府との政策協議や資金調達、アドボカシー、広報活動などの活動を担っています。日本政府や、ユニセフ議員連盟をはじめとする国会議員の先生方と、さらに力強い関係を構築するだけでなく、研究機関や大学、メディア、民間セクター、NGOとの協力関係も強化したいと考えています。 UNICEF東京事務所は、日本の開発アジェンダにおいて子どもの権利に関する意識を高め、日本政府のUNICEFを通した子どもたちへの支援をさらに強固なものにするとともに、日本政府の支援に関する認知度を国内外で高めるための活動をしています。

 

代表としてどのようなことを達成したいですか?

UNICEF内でも、優秀でプロフェッショナルなスタッフが揃っていると評判の高い、素晴らしいチームの一員になることができ、とても幸せに思っています。私の目標の一つは、前任者の素晴らしい功績を引き継ぎ、それをさらに成長させていくことです。日本政府と強固なパートナーシップを築いていくことに力を入れていきます。そうすることで、日本にも価値をもたらすことができると考えています。日本の世界への貢献を国際的に目に見える形で伝えることは、日本の世界での認知度を高めることにもなります。また、日本政府のご支援による成果を含め、UNICEFが現場で行っている活動が日本でより幅広く知られ、理解されるようにしなければなりません。そして、議員の先生方との関係を強化するとともに、民間セクターや若者、日本ユニセフ協会、JICA、市民社会とも協力していく中で、パートナーシップを拡大していきたいと思います。

 

代表としての仕事と東京事務所の役割の重要性を改めて実感しました。次に、UNICEFに入職する前のことについてお聞きしたいと思います。国連機関を目指したきっかけは何ですか。

私の原動力は、世界をより良くしたいという想いです。私はいつも、自分の周りの状況をより良い方向に変え、最も不利な立場にある人々の力になりたいという強い想いを持っていました。また、変化はさまざまな方法で起こすことができ、誰もが自分の日常の中で変化をもたらすことができると私は信じています。世界を変えるためには、必ずしも国際機関で働かなくてはならないというわけではありません。しかし、私は、国境を越えて、国際的な連帯や社会正義、人権などのグローバルな価値観を代表する組織の一員となり、最もぜい弱な人々の力になる仕事がしたいと考えていました。国益を超えて活動する国際機関は、このような普遍的な使命のために働きたいという想いを実現するために最適な場所だと思うので、常に国際機関に興味を持っていました。

2017年にモンゴルの首都ウランバートルの小学校を訪れた時の様子。
UNICEF 2017年にモンゴルの首都ウランバートルの小学校を訪れた時の様子。

どのような学生時代を過ごしましたか。

私はイタリアの小さな町で生まれました。10代の頃から、地元のNGOでボランティアを行い、子どもたち、特に困難な状況にある家庭の子どもたちを支援していました。大学生の時、イタリアのUNICEF地域協会でボランティア活動を始めました。私は常に、子どもたちの力になりたいと強く思っていました。また、外交にも興味があったため、イタリアで外交官になるために大学で勉強を始め、外交官としてのキャリアを目指しました。しかし同時に、強い社会的目的、特に子どものために働くことを、キャリアの中心に置きたいと思っていました。UNICEFは、子どもと外交、社会的行動と国際関係のすべてに関わる組織であり、私にとって理想的な組織でした。ペルーとコロンビアでフィールドワークを行い、子どもの問題や児童労働、子どもの人身売買に関する研究をし、国際開発の修士号を取得しました。

 

UNICEFでの経験もお聞きしたと思います。UNICEFでどのようなキャリアを歩んできましたか。

1998年にUNICEFで働き始めました。最初の任地は、イタリアのフィレンツェにあるUNICEFイノチェンティ研究所で、児童労働と子どもの人身売買について研究しました。児童売買と政策対応を調査するため、西アフリカで長い時間を過ごしました。フィレンツェで2年間過ごした後、セネガル事務所で約4年間子どもの保護の活動に従事し、児童労働や子どもの性的搾取への対応を行いました。2004年12月にインドネシアでスマトラ島沖地震が発生し、2005年にインドネシアのアチェに移って、3年近く子どもの保護チーフとして働きました。家族と離れ離れになった子どもたちを再会させ、子どもの人身売買を防ぎ、トラウマに対する心理社会的支援を提供するプログラムを担当しました。アチェでは、私が担当したプログラムの大部分が日本から資金提供を受けていたので、日本政府の寛大さを実感しました。その後メキシコに移り、社会政策を担当しました。それから、ヨルダンにある中東・北アフリカ地域事務所で、社会保護と社会政策の地域アドバイザーとして5年間勤務し、その後、モンゴルとアルゼンチンの国事務所代表を経験しました。そして、若者たちと一緒に、UNICEFの新しい世界的なパートナーシップである「Generation Unlimited(無限の可能性を秘めた世代)」を立ち上げました。私はずっと日本で働きたいと思っていたので、今回機会があり幸運でした。

 

UNICEFでさまざまな仕事を経験されていますが、それぞれの仕事に専門知識が必要で、多くの困難があったと思います。どのようにして、幅の広いキャリアを築いたのですか。

私の経験に基づいて、若い人たちに伝えたい大切なことが二つあります。まず初めに、意欲と情熱を常に新たにすることです。そのためには、自分自身に挑戦し、常に好奇心と新しい経験への意欲を持つことが重要です。私はUNICEFで、少なくとも4つの異なる仕事を経験しました。最初は子どもの保護を担当し、次に社会政策という別の分野に移りました。その後、国事務所の代表になり、UNICEFの幅広い問題に焦点を当て、チームを率いていきました。さらに、新たなパートナーシップの構築に携わりましたが、これもまた、それまでの仕事と全く異なるものでした。毎回、新しい仕事を始めるように、新しい学びを積み重ねながら、ほぼゼロから始める必要があり、良いプレッシャーも受けることになります。そうすることで、熱意を非常に高く保つことができます。例えば、私は今、日本でたくさんの新しいことを経験していて、新しい文化や働き方を学ばなければなりません。常にコンフォートゾーン(安心感があり居心地の良い場所)から出るようにして、挑戦することをお勧めします。

二つ目は、さまざまなチームで働き、新しい同僚に会い、国を超えた新しい関係を構築することです。これは、自分の文化を変えることにもなるので、非常に困難なことではありますが、やりがいのあることです。他の人の話を聞いて、現地の文化を学ぶ必要があります。言語や人々の反応が理解できないときは、その現実を受け入れなくてはいけないことが何度もありますし、他の人に頼らなければできないことが多くあるので、謙虚さを学びます。私はそのような経験をたくさんしてきたので、これまで出会ったすべての現地の同僚やチームメンバーに非常に感謝しています。私が培ってきた国際的な経験と、同僚の国内における経験と知識を持ち合わせることで、お互いに助け合うことができます。このようにして、UNICEFは力強いチームを作っているのです。

2017年にモンゴルのフブスグル県の小学校を訪問した時の様子。
UNICEF 2017年にモンゴルのフブスグル県の小学校を訪問した時の様子。

さまざまな国で働き、それぞれの国の文化について学ぶことを楽しんでいて素晴らしいですね。これまでのキャリアで非常に多様な経験をされていますが、最も印象的な出来事は何ですか。

二つの出来事についてお話しさせてください。一つ目は、アチェでの経験です。津波によって非常に大きな悲劇が起こったため、最も印象深く、自分の人生に最も大きな影響があった出来事です。津波発生の数カ月後に現地に入ったのですが、それでも、すべてが破壊されたままの状態でした。被害の大きさや被災者の苦しみを目の当たりにすることは、つらい経験でした。さまざまな困難があり、生活条件は厳しいものでした。おそらく、これが私が最も影響を受けた経験です。二つ目は、Generation Unlimitedなどの新たな世界的パートナーシップの構築です。ゼロから新しいパートナーシップを作り上げることで、それまでの経験と異なるタイプの影響を受けました。公的セクターと民間セクターを若者と結びつけ、自国の若者が質の高い教育や訓練を受けて、適切なスキルを習得し、彼らの人生、特に仕事で成功するための準備をする機会に対して投資を増やす方法を見つけるという、UNICEFにとって新しい試みでした。この事業の立ち上げは非常に複雑でしたが、とてもエキサイティングなものでした。

 

それらの出来事は、考え方や働き方にどのような影響を与えましたか。

アチェでの経験から、私たちは常に人々への思いやりと連帯が必要であるということを学びました。自国ですべてを満たすことができる国はありません。これは、私たちが現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックから学んでいることでもあります。インドネシアの津波の場合、被害が非常に大きかったので、他者への思いやりの大切さを実感しました。アチェでの経験から、人生において、大義のために自分のすべてを捧げる時間を持つことの大切さも学びました。アチェはとても大規模な支援活動だったので、プライベートの時間はなく、迅速に支援を展開することに専念しました。常にそのような生活を送ることはできませんが、時には何かに身を投じることもいいことだと思います。

Generation Unlimitedでは、特に若者が直面する課題に対する新しい解決策を見つけたり、若者たちと一緒にこれらの解決策を模索する際、若者たち自身が将来について意見を言う機会を提供することに、大きな可能性を見出しました。若者は、適切な教育やスキル、仕事を得る上で大きな課題に直面しており、これらの課題に対する解決策を一緒に作り上げるために、若者たちの参加を促しました。また、民間セクターと政府を巻き込み、お互いに利益のある成果をもたらす最善の方法を見つけることで、より多くの好機が生まれるということも学びました。これは、Generation Unlimitedの官民連携の重要な要素です。

 

仕事についてお話を聞かせていただき、ありがとうございました。私たちだけでなく、UNICEFをはじめとする国際機関や国際協力の分野で働くことを目指す人々にとって、とても参考になるお話でした。

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インタビューの後編では、ワークライフバランスの保ち方や、国際協力に興味のある若者たちへのメッセージなどについて語っています。

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※本記事は、英語でのインタビューをもとに日本語訳をしたものです。