南スーダン:設置から6年間大切に使われてきた給水所、人々に水を届け続ける

2020年3月10日 南スーダン発

UNICEF South Sudan
2020年3月10日
給水所でほほ笑む女性
UNICEFSouthSudan/Ryeng

今も子どもたちの健康を守るために必要不可欠なベンティウの国内避難民キャンプ初の給水所

 

2020年3月10日 南スーダン発

一見すると、給水所の設置自体は驚くべきことではないかもしれません。しかし、設置から6年経った今もなお、その給水所は素晴らしい効果をもたらしています。

2013年、2014年に遡ると、ユニティ州を含め、南スーダンでは紛争が急激に勃発し、繰り返される攻撃で国連の敷地内にある文民保護区に人々が押し寄せました。ベンティウの文民保護区だけでも、2014年4月22日までに1万2,000人が集まりました。この地域ではこれほどまで多くの人々を受け入れる準備が整っておらず、人々の安全に加えて水不足への対応が喫緊の最優先課題となっていました。

「水を得るために文民保護区の外に出なくてはいけなかったことを覚えています。怖かったです。銃弾に撃たれるかもしれないという恐怖だけでなく、バケツで水と一緒に病気を運んでいるという怖さもありました。」と7人の子どもの母親であるエイソフ・ディビド・ダボルは言います。ベンティウで最初の暴力行為が起こった後、彼女は家族を連れて逃げてきました。

 

給水所で水を汲む母親
UNICEFSouthSudan/Ryeng
第8区の給水所で水を汲んでいる7人の子どもの母親、エイソフ・ディビド・ダボル

 

人々は近くの池で水を汲んでいました。勇気のある人は川まで水を汲みに行きましたが、それでも水は細菌でいっぱいでした。

「私たちはいつも病気にかかっていました。子どももおとなも下痢をしていました。」とエイソフが円を描くようにお腹を撫でながら言います。

「私たちはみんな病気にかかっていました。」とアンジェリナ・ニャクマが話します。彼女は文民保護区の最も古い地区である第1区に身を寄せています。「そしてすぐ、私は妊娠しました。」

状況は深刻でした。過密状態の中で何千もの人々が安全な水を手にできずに生活するということは、まるで病気に流行してくれと頼んでいるようなものです。日本政府の支援を受け、UNICEFは井戸を掘ることを決めました。そして、それがベンティウ文民保護区の中にできた初の給水所になりました。

 

給水タンクで水を運ぶ女性
UNICEFSouthSudan/Ryeng
給水所から水を家に運ぶアンジェリナ・ニャクマ

 

2020年3月-鉄板屋根の下で発電機がうなり、給水ポンプを動かしています。水は浄水された後、セメントで覆われた掘削穴から高い給水塔へとポンプで引き上げられていきます。この給水塔から、重力というアルバート・アインシュタインも誇りに思うだろう力によって、コミュニティのもとに水が押し出されて届くのです。第8区を含む1つの学校、1つの保健施設、9つの給水所が、この給水設備の恩恵を受けています。

「飲み水として、そして料理や掃除のために水が必要です。私は7人の子どもがおり、子どもたちを清潔な状態に保つことは簡単ではありません。」とエイソフが笑います。「水なしで赤ちゃんを育てる生活を想像してみてください。」アンジェリナが2つの給水タンクに水を入れながら話に加わりました。彼女はいつも、毎朝2つ、夕方にも2つの給水タンクに水を汲んでいます。

「今はもう大丈夫です。下痢などの病気は以前ほど頻繁にみられなくなりました。」と3人の子どもの母親であるナヤレル・ジョアが語ります。「唯一の問題は、時々水が充分にないことがあり、水を汲むために列に並ばなければならないことです。」と、ナヤレルが付け加えました。するとエイソフが笑いながら、「そうなんです、だから、この給水所はあらゆるニュースを聞くことができる、第8区の井戸端会議の場所になったのよ。」と話しました。

 

ベンティウ文民保護区
UNICEFSouthSudan/Ryeng
女性たちが水汲みをする朝のベンティウ文民保護区

 

日本政府は必要な薬品や発電機の燃料のための資金を提供し、ユニティ州でのUNICEFの水事業に支援を続けてきました。設置から6年経った今でも、給水所は過酷な暑さの中で人々の喉の渇きを潤し、この文民保護区の子どもたちの健康を守っています。

 

給水所から水を運ぶ女性
UNICEFSouthSudan/Ryeng
給水所から150mほど離れた家に水を運ぶナヤレル・ジョア