ミャンマー:地域の保健員、草の根の保健ケアに変化をもたらす

2024年5月23日 ミャンマー発

UNICEF Myanmar
2024年5月23日
栄養不良の検査を受ける子ども。
UNICEF Myanmar/2024 栄養不良の検査を受ける子ども。

2024年5月23日 ミャンマー発

ミャンマー・カイン州の村で訓練を受けた保健員として働く、ノー・クー・ガイさん。彼女は、思いやりの精神とレジリエンス(回復力)を身をもって示しています。この遠隔地にある村のコミュニティで生まれ育ったノー・クーさんが保健員になるまでの道のりは、決して平坦ではありませんでした。彼女は10年間、隣国タイのメソトにある賑やかな通りで露天商をしていました。幼い頃に両親を亡くし、サポートも十分に受けられていませんでしたが、彼女は学校の先生になるという夢を持ち続けていました。

「喪失感と孤独のなかで、学校の先生になるという夢が、真っ暗な夜を照らす希望の光でした。」ノー・クーさんが振り返ります。しかし、彼女には新たな未来が待っていました。

ノー・クーさんが生まれ育った村は、最寄りの病院まで何時間もかかり、必要な医療サービスを利用することができませんでした。特にモンスーンの季節は、保健ケアを受けることが困難でした。近くに診療所もないため、村人たちは保健センターまで山道を歩かなくてはならず、日が落ちた後や悪天候に見舞われた際には、その道のりはさらに厳しいものになりました。このような逆境のなか、コミュニティのために貢献したいという気持ちを強く持つノー・クーさんは、あらゆる機会を捉えて近所の家々を訪れ、より良い地域にするためにボランティアで人々をサポートしていました。

「逆境に直面して、行動しなくてはいけないと思いました。苦難もありましたが、私にとってはコミュニティの人々のウェルビーイングが何よりも大切でした。地域の人々のもとを訪れ、サポートをすることで、私たちのレジリエンス(回復力)と団結力が示されたと思います。」とノー・クーさんが話します。

日本政府の資金協力でUNICEFの新生児・緊急小児ケア事業が始まり、ノー・クーさんに希望の光が差し込みました。この村で生まれ育った住民として、彼女は支援を受けて研修に参加し、地域の新生児や5歳未満の子どもたちが保健センターまで大変な道のりを歩いてケアを受ける必要がなくなるようにするため、子どもたちに必要不可欠な保健ケアサービスを提供する保健員となりました。「UNICEFのプログラムは、私に素晴らしい機会を与えてくれました。私は村のコミュニティの人々をサポートしたり、保健ケアを提供したりできるようになり、村の人々は必要不可欠なサービスを利用できるようになったのですから。」ノー・クーさんが話します。

 

すぐ口にできる栄養治療食などを受け取る母親と子ども。
UNICEF Myanmar/2024 すぐ口にできる栄養治療食を受け取る母親と子ども。

村の保健センターで生まれたソー・オーランドちゃんは、生まれてからずっと、ノー・クーさんのサポートの恩恵を受けています。オーランドちゃんが咳や発熱で体調を崩したとき、母親はすぐに彼女に助けを求めました。そして、ノー・クーさんはオーランドちゃんの病状をみて、すぐに専門的な治療ケアを受けられる病院を紹介しました。

「ノー・クーさんは、息子の健康に計り知れない貢献をしてくださっています。特にオーランドが病気になった時は、彼女の迅速な対応と細部にわたるケアやアドバイスに助けられました。診察から専門的な治療ケアの紹介にいたるまで、子どもの健康を守るために力を尽くしてくださっていて、本当に感謝しています。ノー・クーさんは、思いやりのある保健ケアの精神をまさに体現している人です。」と、オーランドちゃんの母親が話します。

ノー・クーさんのサポートは、保健ケアだけに留まりません。彼女はコミュニティにおける総合的なケース・マネジメントを通じて、5歳未満児の急性栄養不良の集団検査を行い、早期に栄養不良を発見して、子どもたちが必要なケアを受けられるようにしています。ノー・クーさんをはじめとする地域の保健員は、UNICEFのプロジェクトを通じて提供された訓練や必要不可欠な物資により、質の高い保健ケアを提供しています。

ノー・クーさんは、逆境に直面しても揺るぎない姿勢でコミュニティを支えています。5歳未満児の栄養状態を確認するために上腕周囲径測定帯を使って検査をしたり、必要不可欠な保健ケアを提供するノー・クーさん。彼女は、日本政府の資金協力によってUNICEFが促進する草の根の保健ケアがもたらす、革新的な影響の象徴となっています。

「コミュニティの健康やウェルビーイングに有意義な変化をもたらす手段を私に与えてくれたUNICEFに感謝しています。」保健ケアが決して贅沢なことではなく、誰もが必要不可欠な権利として保健ケアを利用できるようになる未来を思い描きながら、ノー・クーさんが希望に満ち溢れた笑顔で話します。

 

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