カンボジア:僧侶たちと協力して、子どもたちを暴力から守る
2022年7月12日 シェムリアップ(カンボジア)発

2022年5月 シェムリアップ(カンボジア)発
高僧のタット・モハティ氏は、昨年11月、シェムリアップの小学校で13歳のソテアくん*に初めて出会いました。モハティ僧侶は、子どもに対する暴力の予防と対応について地域の人々の意識を高める活動をソテアくんが通う小学校で行っていましたが、ソテアくんも家で虐待を受けていました。
人々を仲裁する研修を受けていたモハティ僧侶は、ソテアくんの担任と一緒にソテアくんの祖母と父に会いに行き、暴力の原因を突き止め、二度と繰り返されないための方法を探ることにしました。
父親のリシーさん*に、なぜ息子に暴力を振るうのか尋ねると、「農作業を終えて疲れ果てて帰宅しても、息子は家におらず、夕飯のお米も炊かれていなかったので腹が立った。」と答えました。さらに、モハティ僧侶はソテアくんを別室へ連れて行き、話を聞いてみました。ソテアくんは、夜に学校の勉強や家事の手伝いをするよりも、村の友人たちと遊んでいる方が好きだと話しました。
モハティ僧侶は、父と息子にお互いの言い分を率直に話してもらうことで、この問題を解決しました。また、ソテアくんの父親には怒りをコントロールする方法を助言し、ソテアくんに対しては、母親が仕事に出ている時には夕飯を作る手伝いをしてあげるように言いました。モハティ僧侶が仲介してから、父親から暴力を受けることはなくなったとソテアくんは言います。
モハティ僧侶は、シェムリアップにあるインコサ寺院に住んでいます。100人ほどの僧侶が暮らすこの寺院には、ご利益や家庭問題への助言を求めて、毎日多くの参拝者が訪れます。モハティ僧侶は、この寺院おける子どもの保護活動で中心的な役割を担っています。最近では、地域のコミュニティーへ出向き、深刻でありながら依然としてほとんど話題もならない問題について話し合う機会も設けています。

2021年には、モハティ僧侶は、カンボジアの宗教省が主催する子どもの保護研修にオンラインで参加しました。この研修は、カンボジアで子どもに対する暴力と本来必要の無い家族分離を根絶を目的とした、5年間の行動計画の一つとして実施されました。「強い家族」キャンペーンは、カンボジアで初めて行われた全国規模の子どもの保護キャンペーンです。UNICEFの支援を受けて、同国の社会問題・退役軍人・青少年更正省が主導する国家開発コミュニケーション戦略「カンボジア・プロテクト」の下、2020年初めにスタートしました。この活動は、子どもに対する暴力の予防と対応、子どもに対する暴力を正当化する社会的・文化的規範に対処することを目的としています。さらに、施設で暮らした方が子どもにとっても有益だという、世間の思い込みに対応することも目指しています。
カンボジアでは、半数以上の子どもたちが、18歳になるまでに少なくとも一度は暴力を受けています。こうした暴力は、幼少期のいずれかの段階で様々な形で起こり、子どもたちが毎日接して信頼する人たちから受けるケースが多々あります。子どもを施設に預けると、子どもへの暴力、搾取、ネグレクト(育児放棄)のリスクが高まり、生涯にわたって子どもの発達と幸福にも影響を与えることも明らかになっています。
施設で暮らす子どもの4人に3人は、少なくとも片方の親は存命です。親が子どもを施設に預けるのは、貧困、教育を受けさせることができない、社会福祉のサポート不足などの理由が考えられますが、その背景には、「施設に預けた方が、子どもたちは質の高いケアと教育受けられる」という考えも見られます。
僧侶やそのほか宗教指導者たちは、子どもに対する暴力を根絶するための教育的メッセージを広める上で重要な役割を担っています。地域社会で尊敬され、精力的に活動もしていることから、道徳的な指導を求められたり、危機や争い事の際に頼りにされたりすることがよくあるからです。地域社会に影響を与える問題について意識を高めるための情報やアドバイスを僧侶に与え、地域社会レベルでの力をつけてもらえば、僧侶たちは、争い事を平和に解決し、有害な文化的慣習に対して異議を唱え、子どもの保護を促進する力強い声となってくれます。
モハティ僧侶は、オンラインによる研修を受けた結果、暴力問題に対する知識が深まり、背後にある根本的な原因や、暴力が子どもの健康と幸福に及ぼす長期的な悪影響について、地域住民や家族と話し合うための最善の方法についても理解することができたと言います。
モハティ僧侶は、「ダルマ」として知られる仏教の教えを、暴力への対応と予防のための理解の指針としているといい、暴力予防のための重要な方法として、アンガーマネジメント(怒りと上手に付き合う方法)を強調しました。「怒りは暴力、痛み、苦しみ、罰の種です。」とモハティ僧侶は話します。「暴力は誰にとっても不幸なことです。」
モハティ僧侶は、インコサ寺院で100人の僧侶たちを対象に啓発講座を開き、学校やコミュニティーでは1,200人の生徒や保護者と関わってきました。こうした取り組みを始めた当初は、暴力には、身体的、精神的、性的な暴力や虐待など、様々な形があることを誰もがほとんど理解していなかったといいます。
「子どもに対する暴力の種類や、怒りの根本的な原因について、地域の人たちは正しい答えを出すことができなかったのです。」とモハティ僧侶は言います。
さらに、自身が教鞭をとるインドラウィチア大学でも、学生への講義を行ったといいます。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によって様々な困難があったにも関わらず、2021年には、シェムリアップ各地の僧侶たちは宗教省の支援を受け、コミュニティー参加型イベントを16回実施し、2,300人以上の僧侶や子ども、保護者たちが参加しました。
現在、「強い家族」キャンペーンはカンボジア全土で展開されており、まずは、カンダール州、プレアシハヌーク州、プレアシアヌーク州、バッタンバン州、シェムリアップ州、ラタナキリ州とプノンペン市を対象としています。これまでに900人以上の僧侶が研修を受けてきました。
「地域社会への関与は、『カンボジア・プロテクト』事業の一環として実施されている多層的かつ部門横断的な戦略において、中核をなす活動です。この活動を通じて、子どもたちを支え、暴力を振るわない親、養育者、コミュニティーの一員となるために必要な知識、態度、実践的な取り組みを広めています。」とUNICEFのカンハ・チャン子どもの保護担当官は言います。「日本政府、米国国際開発庁、オーストラリアとドイツのUNICEF国内委員会の支援を受けて開始された『カンボジア・プロテクト』戦略と、『強い家族』キャンペーンは、子どもに対するあらゆる暴力の終結と、子どもを危険にさらす長年の態度や考え方を変えるための重要な一歩となります。」とも述べています。
カンボジアの僧侶たちはモハティ僧侶と同様、親や養育者、教師や地域の人々、そして子どもたち自身まで、子どもが成長し発展するための最良の場所は安全な家庭環境にあると理解することを望んでいます。
ソテアくんは、教師たちからの継続的なサポートもあり、喜びを感じつつ、将来への希望を抱き、学校での自らの成長にも喜びを見いだしているといいます。「中学校へ進学試験に合格しました。生物が得意で、将来は看護師になりたいです。」とソテアくんは語ってくれました。
*プライバシー保護のため仮名を使用しています。
【関連ページ】日本政府の支援によるカンボジアでのUNICEF支援事業