UNICEF75周年:戦後に脱脂粉乳の支援を受け、UNICEFへの寄付を続ける碓井さん
2021年12月15日 東京発
2021年12月15日 東京発
今から75年前の1946年12月11日、国連児童基金(UNICEF)は第二次世界大戦の影響を受けた子どもたちに人道支援を届けるために誕生しました。設立から現在に至るまで、UNICEFは子どもの権利を促進し、世界中の子どもたちの健やかな成長を守るため、絶え間なく活動を続けています。
日本とUNICEFの関係が始まったのは1949年。戦後間もない日本で、食べるものや衣類が十分になかった子どもたちのために、学校給食を通じて脱脂粉乳の配布を開始しました。また、赤ちゃんや母親の栄養を改善するための支援や、医療器材や毛布、医薬品などの支援物資の配布も行われました。
東京で生まれた碓井達彌(うすい たつや)さんも、当時UNICEFの支援を受けた子どもの一人です。
東京で生まれ、5歳で山梨県に疎開した碓井さん。小学校1年生の時に終戦を迎えましたが、当時は食べるものがなく、知り合いから両親の着物をお米や麦、粉に変えてもらいながら生活をしていたと語ります。それでもご家族は、碓井さんが教育を続けることを応援し続けてくれたといいます。
そんな碓井さんを支えたのが、UNICEFの脱脂粉乳でした。
「最初の給食がユニセフのミルクだったんです。そこでユニセフという言葉を覚えて、ユニセフは子どもたちを助けてくれるところだということが分かったんですね。」と、碓井さんが当時のことを思い出して語ります。
推定150万人の子どもたちが脱脂粉乳の支援を受け、日本全国からUNICEFにお礼の手紙が届くようになりました。そして、子どもたちから「自分たちも恩返しがしたい」という声があがり、1955年、全国の学校で「ユニセフ10円募金」が始まりました。
「10円募金」で始まった日本の「ユニセフ募金」。その後も世代を超えて受け継がれ、日本の民間の皆様から頂くご支援は、過去20年近くにわたって世界トップレベルの規模となっています。
「勉強をして、一生使える能力を身につけなさい」という看護師だったお母さんの言葉を胸に、碓井さんは、その後も勉強を続け、教員となり、多くの子どもたちの成長を支えてこられました。そして退職された後も、UNICEFへの募金を通して、世界の子どもたちを支えています。
「私のわずかなお金が、支援が必要な子どもたちに少しでも栄養のあるものを食べてもらえて、少しでも学校に行ってもらえたらいいなと思っているの。やっぱり自分が何がしかの恩恵を受けてお世話になったという想いが、ずっと頭にあるからでしょうね。」
日本の子どもたちへの支援は、第1回東京オリンピックが開催された1964年まで、15年間続きました。子どもたちの「恩返し」から始まった、UNICEFへの支援。今や日本は、UNICEFの世界最大の支援国の一つとして、世界の子どもたちの命と健康、そして未来を支えています。