お互いの理解でコミュニティをつなぐ -タイ・特別支援教育国際会議によせて
2015年8月6日 タイ発
2015年8月6日
(この記事は、UNICEF東南アジア・太平洋事務所の教育コンサルタントであるイ・ヒョンジョンがインタビュー、記事の作成を行いました。)
コタケサホコさんは、ダウン症のある24歳の女性です。彼女は学校生活の大部分を、公立学校で過ごしました。なぜ彼女が学校生活のほとんどを特別支援学校ではない環境で過ごしたのか。その理由を聞き、私は心を打たれました。
「サホコが3歳の時、私たちはこの子をジムに連れて行きました。この子は体が丈夫ではなく、よく転んでいました。でもその時、周りにいた子どもたちがこの子を助けてくれたのです。」彼女の両親は、私に語ってくれました。「その時、私たちは気付いたのです。私たちの娘のような子どもがいることで、他の子どもたちは『いっしょに生きる』ということを、学ぶことができる。そこで、私たちはこの子を普通校に通わせることにしました。そして、周りの子どもたちが、サホコのような子どもを、より理解できるようになることを望んだのです。」
彼女が学校で織物をしていた際、一人の教師が彼女の才能を見出し、地域団体で織物を教えるように勧めました。サホコさんは現在、NPO法人が運営するセンターで、1日に2つのクラスで講師を務めることで、コミュニティを支援しています。サホコさんに織物を学ぶことを決めた理由を聞くと、彼女の答えはシンプルなものでした。「織物が本当に楽しいんです。それに、生徒の方々が同じように織物を楽しんでくれているのを見ると、私も嬉しくなります。」
コタケさん一家は、東南アジア教育大臣機構の特別支援教育センター及びタイの教育省が中心となって7月28日から30日までバンコクで開催された、特別支援教育に関する初の国際会議に出席しました。この会議では、「学習と実践を強化するためのイノベーション」というテーマに基づき、世界中から1,200人を超える人々が参加しました。
会場に入るやいなや、カラフルなベレー帽やスカーフ、ベストなど、美しい手作りの品々で装った人々が私の目を引き付けました。サホコさんとご両親、友人たちと出会った瞬間でした。その日の午後、サホコさんたちは私を展示ブースに招待し、サホコさんがどのようにコミュニティを支援しているのか、またコミュニティがどのように彼女へのサポートを行っているのかといった、彼女たちの仕事ぶりを紹介してくれました。
違いを理解するということ
サホコさんとそのご両親からお話を聞いて、私は、サホコさん自身が「障がい」をどのように認識しているのか、という疑問を持ちました。彼女にその疑問をぶつけたところ、サホコさんはしばらく思案し、ご両親に小声で何か話していました。彼女にとって、障がいという概念はあまり馴染みのないものだったのです。なぜなら、サホコさんはこれまで、他の人とは違う扱いを受けていたと感じていませんでした。
サホコさんの母も次のように答えてくれました。「サホコが生まれるまで、障がいのある子どもを持つ家族を見てなぜ彼らが子どもと一緒にいつも笑っていられるのか理解できませんでした。障がい児を育てるということは、膨大な労力を必要とし、非常に疲れるものだと思っていたのです。」
ところが、その認識は、サホコさんを出産した際にまったく変わってしまったと言います。「サホコがほかの子どもたちと同じように、ミルクを飲んだり、泣いたり、遊んだりしているのを見ていると、この子もほかの子どもたちと同じだということに気付いたのです。それが、私が障がい児を育てる家庭もごく普通に生活すべきだと考え始めるようになったきっかけです。」
私は、サホコさんたちが考える、障がい者に対する認識を高める最善の方法について尋ねました。サホコさんの父は、「まずは、障がいを持つ人々は特別でも特殊でもないということを知ることから始めるべきではないでしょうか。完璧な人などいません。もしすべての人が同じであったら、みんな同じことしかできません。そうなったら、世界はどうなるでしょうか。人と違うということは、もっと理解され認められるべきです。」
サホコさんとそのご両親との1時間ほどの会話を通し、私は3つの貴重な教訓を学びました。まずなによりも、家族やコミュニティの強力なサポートによって、障がいのある子どもは自身の才能を最大限に発揮できるということ。次に、包摂的な学習環境を促進・提供することは、その子どもの生活だけではなく、障がいを持たないほかの子どもたちに対しても良い影響を与えるということ。最後に、障がいという概念は、障がい者自身ではなく、彼らのような経験を一切したことのないいわゆる『健常者』の人々によって作られるものだということです。
サホコさんの作品を鑑賞したり、彼女やそのご両親、友人たちと話したりした人々は、皆一様に心を打たれていました。サホコさんや彼女のような人たちによって、コミュニティ内外で変化を生んでいくことができるのだ ― 多くの会議参加者が、サホコさんのストーリーに勇気づけられていました。
サホコさんの友人であるカネノさんや、SAORI豊崎長屋の方の通訳とサポートがなければサホコさんやそのご両親とのインタビューを行うことは不可能でした。お礼申し上げます。