第77回 レソト事務所 大西由香

保健担当官

大学卒業後、看護師として6年勤務。青年海外協力隊を経て英国の大学院に進学し、日本のNGOで国内外の支援活動に従事。JPO制度を利用してUNICEFインドネシア事務所に入職し、2024年から現職。

レソトの保健省とレリベ郡保健担当官たち
UNICEF Lesotho/2024 レソトの保健省とレリベ郡保健担当官と。(左から2番目)

1. 現在どのような仕事をしていますか?

保健担当官として、主に0歳から9歳までのコミュニティヘルス(地域保健)や母子保健を担当しています。レソトは南アフリカ共和国に周囲を囲まれた面積がわずか3万平方キロメートルの小さな国です。経済状況の悪化傾向はあるものの国内の情勢は比較的に安定していますし、レソトでは90パーセント以上の妊婦が出産前のケアを1回以上受けており、87パーセントが保健医療従事者の付き添いのもと出産しています。しかし、多くの人が保健ケアを利用できているにも関わらず、妊産婦や新生児の死亡率は高く、2020年の妊産婦死亡は世界平均の倍以上の出生10万人あたり566人、新生児死亡は東部・南部アフリカで3番目に高い、出生1,000人当たり35人で、同国における5歳未満児死亡の50パーセントを占めています。このデータが示すように、レソトでは人々が何らかの母子保健サービスを利用できてはいるものの、受けられるサービスの質が十分ではありません。

私が担当している仕事は主に3つあります。一つ目は、地域保健に関する情報システムのデジタル化です。この事業は日本政府の資金協力のもと現地保健省と協力して行っており、現在二つのシステムの開発が進んでいます。一つ目は、コミュニティで保健サービスの提供や栄養や保健に関する啓発を行っている、地域の保健員の登録管理システムです。レソトではエクセルなどで保健員の名簿を管理していたため、情報のアップデートが追い付かず、保健員が研修や補助金を受けられていない事例が発生していました。この状況を改善させ、保健省が保健員の最新の登録状況を把握して研修や採用を効果的に行えるようにするためのシステムを構築しています。二つ目が、最前線で活動する地域の保健員が子どもたちや母親の情報をオンラインで登録し、保健センターや地方自治体、保健省の担当者に共有するシステムです。保健員たちは現場で日々子どもたちや家族に接しており、ワクチン接種状況や子どもの健康状態、暴力のリスク等、子どもの生活状況の改善につながる幅広い情報を集めて適切な支援につなげることができます。保健員がこれらの情報を正確かつタイムリーに報告できるようにするため、どの保健員でも簡単にタブレットで入力できるシステムの開発が進んでいます。そうすることで、管轄する保健センターや地方自治体が最新の情報を把握し、最も必要なサービスを適時に提供できるようになります。

日本政府の資金協力で開発されたレソトの保健情報システムのローンチイベントの様子。
UNICEF Lesotho/2024 日本政府の資金協力で開発されたレソトの保健情報システムのローンチイベントの様子。(左)

二つ目の主な仕事は、病院で提供されている母子保健サービスの質の評価と、保健医療従事者の能力育成です。レソトでは医学部や看護学校の教育の質が高いとは言い難く、保健医療従事者への研修も十分ではありません。母子保健サービスの質を改善させるにあたって、まずは病院の機能やサービスの質を調査し、現状の理解や改善点の可視化、模範事例の選出を行いました。現在はこの調査結果をもとに、国内19施設の病院の中で特に他の模範となるような優れた病院を選出し、その病院に研修センターを作ったり保健医療従事者への研修を行うことで、病院の機能とサービスの質の向上や保健医療従事者の能力育成を行っています。

三つ目は、地域保健や母子保健に関する政策やガイドラインの作成です。私はレソトの母子保健に関する行動計画や地域保健に関する政策、日本政府の資金協力で行われる地域の保健員の研修ガイドライン、母親や子どもの死亡原因を理解し、保健医療サービスの質の改善を目的とする母子死亡症例の検討方法を定めたガイドラインの作成に携わっており、保健省の担当者や他の国際機関、開発援助機関と協力して取り組みを進めています。

多国籍なUNICEFレソト事務所の同僚たち。
UNICEF Lesotho/2024 多国籍なUNICEFレソト事務所の同僚たち。

2. これまでのキャリアを教えてください。 

高校生の頃から、子どもの保健分野に関わる国際協力の道に進みたいと思っていました。その中でも特に医療の側面から国際貢献をしたいと思い、日本の大学の看護科に進学して看護師免許と保健師の資格を取得しました。卒業後は小児科の看護師として6年間働きました。看護師として働きながら、国際協力の仕事に就くために必要な語学を学んだり、NGOや日本ユニセフ協会の国際協力のキャリアに関するセミナーなどを受講したりしていました。看護師としての経験を積みながら国際協力のキャリアについて情報収集をしていくうちに、、現場経験が必要であると考え、看護師を休職して、フィリピンで青年海外協力隊の公衆衛生隊員を半年間務めました。さらに、子どもたちの包括的な支援には保健医療分野も含めた多角的な視点が必要だと考えるようになり、英国の大学院にて子どもの権利について学びました。大学院修了後は、日本のNGOで4年間勤務しました。NGOでは、3年間ネパールに駐在しての小児保健事業管理や、2018年の西日本豪雨被害への緊急支援やジンバブエとミャンマーの教育事業、エチオピアの水と衛生事業など、幅広い現場や事業管理の経験を積むことができました。現場での活動経験に加えて、事業計画立案や活動報告、ロジや物資供給、予算管理、広報、人事などの事業運営全般に関わったことで、様々な視点を持って仕事ができるようになったと思います。その後JPO(ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー)としてUNICEFインドネシア事務所に入職して、今年レソト事務所に異動しました。

 

3. なぜ医療の現場でなく、国際協力の道を選んだのですか。

医療の道に進んだのも、国際協力でキャリアを積みたいという想いがきっかけでした。ただ国境なき医師団のような、開発途上国や被災地で医療支援を行う仕事しか知りませんでしたね。6年間看護師として働き、直接患者さんと接する仕事にもやりがいを感じました。しかし、国際協力分野に関する知識や経験を得ていくうちに、私は目の前の一人の患者さんをケアしていくよりも、国の政策や制度を改善したり、子どもの権利を守る包括的な支援に携わることで、より多くの子どもたちの健康や生活の改善に貢献したいと思うようになりました。

インドネシアでの母子栄養啓発活動を視察
UNICEF Indonesia/2022 インドネシアでの母子栄養啓発活動の現場を視察。

4. UNICEFの仕事の原動力は何ですか。

NGOは現地の人々に直接支援を届けることが多いですが、現在担当している地域保健や母子保健の仕事は、国や地域の政策や制度の改善に関わる仕事です。そのため、現場から少し遠い仕事ではあり、あまり子どもたちと接する機会がないことに歯がゆさを感じることもあります。また、国の政策や行動計画作成の支援は、ガイドラインを作り、研修を行い、研修を受けた保健医療従事者が子どもにケアを提供する、というように、支援の成果が表れてくるまでに時間がかかりますよね。看護師の仕事とは違って、ケアを受けた子どもたちが元気になるなど、自分の仕事の成果が必ずしも直接目に見えるわけではありません。

しかし、私たちの活動は、レソトの保健指標としてやがて表れてきます。改善された子どもたちや母親に関する数値を目にすると、現場で看護師やNGO職員として働いてきたときに目にしてきた子どもたちの笑顔が思い浮かびます。私にとってデータや報告書は、無機質な数字や文字ではなく、改善された保健施設や子どもたちの様子を背後に感じられる大きな意味のあるものであり、活動の原動力にもなっています。

青年海外協力隊やNGOでも働いてきましたが、UNICEFの仕事との大きな違いは、活動国の政府と協力して支援を行えることです。NGOは草の根の支援に長けていますが、活動範囲が地方自治体レベルに限られてしまうことも多いです。例えば、保健医療施設を訪問すると、動線が全く考慮に入れられていない非効率な間取りだったりすることがあります。看護師の経験をもとに、保健医療従事者や患者が使いやすいレイアウト設計を提案することで、保健医療施設一つひとつの現場の状況を改善させていくことはできます。でも、私が貢献できるのは、事業規模の範囲内の施設までだけですよね。一方、国や地域の政策や保健医療従事者用のガイドラインを改善させていけば、全国のより多くの保健医療施設や子どもたちの状況を変えていくことができます。やはり、国レベルで変化を起こしていかないと、母親や子どもたちの状況を改善させていくことは困難だと思いますし、それができるのがUNICEFの仕事だと思います。

インドネシアにて保健センターの家庭訪問に同行した際の様子。
UNICEF Indonesia/2022 インドネシアにて保健センターの家庭訪問に同行した際の様子。(右)

5. UNICEFで働くことを目指す若い世代へのメッセージをお願いします。

現場での経験と語学力はいくらでも積んだ方がいいと思います。私は学生時代にそこまでの考えに至りませんでしたが、UNICEFでも本部職員や管理職になればなるほど、色々な国の状況を理解している必要があります。私はまだ国事務所でしか働いたことがありませんが、将来は地域事務所や本部など、様々な経験を積みたいと思っています。しかし、本部での仕事や管理職になるとさらに現場から遠くなってしまいますし、早い段階で様々な国の現場で幅広い経験を積んでおくと、将来役に立つと思います。

また、自分のキャリアの方向性を定めていくことも大切だと思います。保健分野と一言で言っても、ワクチンや母子保健、HIV/エイズ、非感染性感染症など幅が広いですし、UNICEFは教育や水と衛生、栄養など、様々な分野で子どもに対する支援を行っています。どの分野においても専門家でないと貢献できないこともありますが、事業運営に関する幅広い知識も求められますし、ジェネラリストとしての要素が必要になる場面も多いです。若い世代の方には、自分の進みたい方向性を見つけて専門性を高めるとともに、自分の興味関心に基づいて経験の幅を広げていくことをお勧めします。私自身も保健分野とは異なる修士学を取得しましたが、その経験はすべて今の仕事につながっています。皆さん一人ひとりのオリジナルの道を見つけて、自分の目指すキャリアを実現していっていただきたいです。