第32回 タンザニア事務所 渋井優
保健専門官
日本国内の大学・大学院で学んだ後、保健師として東京都の保健所に勤務。その後、米国の公衆衛生大学院にて修士号(MPH)を取得し、JPOとしてUNICEF東部・南部アフリカ地域事務所に3年間勤務。2018年から現職。

渋井優(しぶい ゆう)さんにUNICEFでの仕事やこれまでのキャリアに関する5つの質問をしました。
現在どのようなお仕事をされていますか
UNICEFタンザニア事務所で保健専門官として働いています。私の主な仕事は、保健システムの強化に関する分野のコーディネーションです。保健セクションのチーフのもとで、分野横断的な医療情報システムを効率的にリンク・統合させるための各種ステークホルダーとのコーディネートや、医療情報システムで集めたデータを意思決定に用いる文化と能力の構築に関する事業のマネージメント、そして大小様々なUNICEFのプロジェクトに関連する研究事業の取りまとめを国内外の研究機関と協力して行う、調整役を担っています。
少し専門的な話になってしまいますが、私が関わっている一つの事業例をご紹介します。ビル&メリンダ・ゲイツ財団からの資金援助を受けて、地方政府が自分たちが日常の活動(公立病院での診療など)で集めた保健のデータを使ってそれぞれの保健計画を立案するプロセスを支援する事業を担当しています。地域によって患者さんの疾患特性や、医療への行動や態度(信用度、アクセスの良さ、評判など)は異なります。タンザニア国内でも、HIV/エイズの感染率は県によって大きく異なりますし、予防接種の接種率も、高い県は100%近くを達成していますが、低い県では60%に留まっています。国全体としてはイスラム教徒とキリスト教徒が半々くらいを占めるため、健康に関する行動や生活スタイルも地域特性があります。このような地域の特性に合った医療計画を立て、必要な物資を調達し、必要な人材の能力を補っていくプロセスは、保健医療サービスの提供を実行可能かつ持続可能にするために必要不可欠です。
このプロジェクトは、地方政府が自分たちのデータを使ってそれぞれの地域の健康課題に適した保健計画を立てることで、どれくらいの罹患率や死亡率の減少につながるのかという検証を、数年がかりの支援と分析を通じて行います。同様のプロジェクトが近隣3カ国で実施されており、このプロジェクトがどのくらいのインパクトがあるのか(サービス利用率の上昇や死亡率低下などに寄与するのか)を外部の研究機関とともに統計的に計測する活動も含まれています。この結果が取りまとめられ、資料として世界中の人々に読んでもらい、各国の保健政策の立案の参考になることが期待されています。十分な規模の実践からエビデンスを積み上げて定量・質的に検討するという活動は、政府と親密な信頼関係があるUNICEFだからこそできる分野であり、他の国でも活用してもらえるようなエビデンスの蓄積に貢献できたら良いな、という思いで業務に挑んでいます。

UNICEFで働くまでのキャリアと、UNICEFで働くきっかけについて教えてください
日本の母子保健や地域保健の歴史を勉強する中で、保健師の仕事に興味を持ちました。周囲のおとなからの勧めもあり、自分の生まれ育った東京都の保健所で保健師として社会人生活を始めました。数年後、自分と同世代の同じような志を持つ世界中の人たちが、どのようなことを考え、どんなことを勉強し、どんな仕事をしようとしているのか知りたい、そして、自分のできることをもっと広い視野で考えたいと思い、米国で公衆衛生修士を取得するために留学しました。
留学先で行われていたキャリアセミナーでUNICEFのブースでお話をした人事担当者の方に、日本の外務省が実施しているジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)制度について紹介を受け、受験しました。その時点で私は日本国外での職務経験はなく、そもそも職務経験自体浅いという状況でした。また、英語を使って仕事をしたこともなかったので合格要素ゼロの状態での挑戦でした。選考プロセスの中で、プロフェッショナルとして健康や保健に存在する様々な「差」を戦略的に是正する仕事に取り組みたいと伝えた結果、外務省の面接官の方々が真摯に耳を傾けてくださったと感じました。選考の最後に、国際機関で人事の仕事を長くやっていらしたという面接官のおひとりから「あなたにはUNICEFが合っていると思いますよ」と助言をいただけたことが印象に残っていて、そのお言葉の意味をふと考えることが今でもあります。
どのような子ども時代、学生時代を過ごしましたか
子どもの頃を振り返ってみると、ハンディーキャップをもって生まれてくる人とそうでない人、病気になる人とならない人、適切な治療を適切なタイミングで受けられる人と受けることができない人などの「差」に興味があったような気がします。意図的かどうかはわかりませんが、両親が海外に触れる機会を多く作ってくれていたようにも思います。また、高校生の時に一年間の交換留学プログラムでフランスに留学したことは、外国語や異文化に対する興味を深めるきっかけとなったことも確かです。読書やボランティア活動を通じて公衆衛生や社会疫学という学問が存在することを知り、漠然とこれらの分野に関連する仕事を国内外でできたらいいな、と高校生の頃から思い始めました。

仕事の原動力や、やりがいはなんですか
UNICEFの多くのプロジェクトは、ドナー国と呼ばれる日本をはじめとする先進国政府やゲイツ財団のような民間の組織からの資金援助を受けて実施することができています。国事務所で働き、実際にドナーから資金提供を受けるためのプロポーザルを作成し、予算を編成し、現地パートナーと事業を実施し、予算を執行し、報告書を書くという一連の流れを経験する中で、UNICEFに課せられている説明責任を痛感しています。資金を提供してくださっている国や民間の組織は、UNICEFがこれまで培ってきた経験や現地政府との良好な関係性を信頼して資金を提供してくれています。これは、過去70年以上UNICEFという組織が積み重ねてきた経験と知見によって作り上げられたブランドイメージであり、結果を出して勝ち取ってきた信用なのだと理解しています。
国事務所で働き、UNICEFを代表して現地政府と交渉をしたりドナーとお話をしたりする機会が増える中で、自分の背負っているものの大きさを痛感します。私の発言イコールUNICEFの発言として受け取られるので、いい加減なことは言えないし、質の悪い事業はできない。いただいた資金は有効活用しなければならないし、最大限のインパクトを残したい、と私たちは真剣に考えています。そういう責任感こそが、私たちのハードワークの原動力だと思います。時には神経が磨り減るような、胃の痛くなるような交渉をしなくてはならないことも正直あります。お金の絡む交渉は相手も敏感ですし、ミスは許されません。入念な準備をして戦略的に話を持っていく必要があります。
UNICEFの国事務所の仕事は業務量が多く、技術的なデータ分析や資料の作成をしなくてはいけない一方で、資金の管理をする事務的な仕事もしなくてはいけないため、時間がすぐに過ぎていきます。私は管理職ではないけれど複数の部下もいる、まさに駆け出しのミドルレベルの技術スタッフですので、この両方をバランスよくこなすことができるように時間を管理しています。私はデータ分析やグラフ化、そしてその結果を解釈してかみ砕く過程が好きなのですが、この技術は一生磨き続けることが必要ですので、忙しくても自ら積極的に時間を割くようにしています。JPO時代の3年間は、すべてゼロから学び、上司から言われたことを着実にやることで精いっぱいの日々を過ごしていました。その経験を基に新しいレベルの仕事ができることは楽しく、部下の育成や管理などの新しい分野に挑戦させて頂けることはありがたいことだな、と日々周りの上司と同僚に感謝しています。

UNICEFで働くことを目指す人へメッセージをお願いします
UNICEFで仕事をすることは、人生のどのステージでも可能だと思います。専門分野の技術力とチームの管理能力の両方をバランスよく兼ね備えた方は貴重なので、これらを要件としてクリアしていれば、年齢は関係なく、いくらでも扉は開いているのではないかと思います。私のようにJPOからUNICEFのキャリアを始める人が日本人の場合は過半数だと聞きますが、他国出身者を見ていると、決してそうではありません。コンサルタントとして単発の仕事をして、人間関係と信頼を構築し、その後職員となる人もたくさん見かけます。とはいえJPOの制度は歴史もありますし、システムとして非常によく機能していると私の実体験から感じました。外務省の方々や現地日本大使館のご担当者の方々はとても親身になってサポートしてくださいましたし、JPOとして派遣していただいている限りはご期待に応えなくてはならないな、という気持ちになり、良い緊張感を保てた気がします。頂いたサポートは私にとっては非常に心の支えになりましたし、今もお世話になった方々に恩返しをしたいという気持ちは私の原動力になっています。
私は、東京事務所の皆さんをはじめ、今もUNICEFの日本人の先輩スタッフにも助言をいただいています。先が読めない昨今、学生さんの中には思っていた計画が延期になってしまったり、進路に悩まれたりされている方々が多いと聞きます。先の見えない道に進むことは不安ですし孤独ですが、助けてくださる方は周りにきっといると思います。信頼できる人と話をしたり、同じような志を持つ仲間と情報を交換したり、一人になって自分の勉強や読書に時間を使ったり、人生の先輩方の助言をもらうなどしながら、前向きに自分で決定を積み重ねていって欲しいなと思います。私もまだまだ修行中の身ですが、周囲のおとなが助けてくださったように、機会があれば若い世代の方々のお手伝いができたら嬉しいなと思っています。
インタビュー後記(インターン 塚田祐子)
現場の医療関係者から保健省の政府高官といった様々な人々と対話を重ねながら、タンザニアのすべての人々の健康の実現に取り組む渋井さんの姿勢に、同じ看護職として尊敬の気持ちを抱きました。また、UNICEFで働くことへの扉は広く開かれており、たとえ職務経験が少なくても自分がどのように人々の健康に貢献したいかを明確に伝えられることが大切であるということを渋井さんから学び、将来に向けて前向きな気持ちになりました。