第63回 西部・中部アフリカ地域事務所 木多村知美

保健専門官

国内の大学医学部卒業。小児科の臨床医として8年間小児科・新生児集中治療室で勤務した後、英国の大学院で熱帯小児科学の修士号取得。国立国際医療研究センター、JICA専門家、厚生労働省、WHOでの勤務を経て、2019年にUNICEF中東・北アフリカ地域事務所に入職。2022年7月から現職。

カメルーンにて、カンガルーケアをしている母親と。
UNICEF Cameroon/2023/Watanda カメルーンにて、カンガルーケアをしている母親と。

現在、どのような仕事をしていますか。 

セネガルにあるUNICEF西部・中部アフリカ地域事務所の保健・HIV部で働いています。この保健・HIV部は、職員が25人以上いる大きいチームです。UNICEF地域事務所の保健に関わるチームの中でも特に大きいと思うのですが、その半数以上の職員が予防接種に携わる専門家です。私は、保健専門官として、母子保健全般を担当しています。母子保健に携わるチームはとても小さく、2人しかいません。特に母親と新生児の業務を担当することが多いのですが、子どもの保健も、もう1人の同僚と共同で担当しています。

地域事務所の一番大きい仕事が、UNICEFの国事務所の支援です。ですから、地域事務所がプログラムやプロジェクトを実施しているというよりは、国事務所が実施しているプログラムやプロジェクトを支援しています。例えば、国事務所から、保健医療事業者に対する新生児に関連した研修をしたいので、地域事務所に手伝ってもらえないかという要請が来たとします。その場合、対象国の政府の保健計画を踏まえながら、新生児保健を担う医療従事者にどのような研修が必要か、具体的に誰に対して研修をするべきなのか、予算はどこから持ってくるのかなどの計画を、国事務所と一緒に作ります。トレーナーとして、国事務所に出張することもあります。出張した際は、国事務所と共に、日本でいう厚生労働省である保健省の人たちと1、2週間一緒に働き、研修を行ったり、研修内容を現地で働く保健医療従事者の方々に伝えて改善したりしています。また、要請に応じて、対象国の保健計画のレビューを行ったりもします。同じ志を持つ国事務所の方や保健省の方と働いていて、共通した目標に向けて尽力していると実感する時には、特にやりがいを感じます。

ガーナ事務所の同僚たちと一緒に行った病院の視察にて。
UNICEF Ghana/2023/Kwarteng ガーナ事務所の同僚たちと一緒に行った病院の視察にて。

これまでのキャリアやUNICEFを目指そうと思ったきっかけを教えてください。

実は国際保健の仕事をするとは思っていませんでした。私はもともと小児科医で、医学部を卒業して臨床医として働いていました。専門は新生児で、主に新生児集中治療室で勤務していました。私の周りにいた小児科医や産科の先生方は意識の高い方が多く、学生時代から、将来国際保健に進むと決断されていたり、開発途上国にバックパッカーとして旅行されたり研修旅行をされたりする方が大半だったと思います。一方、私は普通に臨床医、小児科医として働こうと思っていたので、自分がこうしてセネガルでUNICEFの仕事をしていることを不思議に思うことがよくあります。最初からUNICEFを目指していたというわけではなく、色々なご縁があってここに辿り着きました。

ただ、きっかけとなったのが、ちょうど臨床医4、5年目の時に参加した、日本の新生児学会のセミナーです。その際のグループワークがたまたま、「新生児科医にもできる国際保健」という題でした。現役の臨床医でも国際保健の分野で働けて、日本の外に出て仕事ができるのだと初めて気づきました。そこからもしばらくは小児科医の仕事を続けていたのですが、国際保健の分野で働いていらっしゃった講師の先生がセミナー中におっしゃっていた、「臨床医として一人ひとりの命をずっと見てきた。国際保健に関わると今度はもっと多くの命と関わることになる。」という言葉がずっと頭の中に残っていました。私と同じ新生児科医の先生の言葉に、私もいつかやってみたいなという思いが募りました。

ちょうど臨床医としての8年目に、少し日本を出て国際保健に関わってみようと思い、イギリスへの留学を決意しました。熱帯小児科学の修士学コースに進み、マラリア、下痢、肺炎などの病気で開発途上国で亡くなる子どもたちの命をどうしたら守れるのか、をテーマとし、勉強しました。その後、保健の分野で国際的に仕事をするようになりました。本当に小児科の仕事と子どもが好きで、自分が一番関心がある子どもたちの健康に関わることを追求していくうちに、国立国際医療研究センター、国際協力機構(JICA)、厚生労働省や世界保健機関(WHO)で働くことになりました。その後、UNICEFに応募し採用されました。

UNICEFを目指している方々はJPO(ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー)制度に応募するなど、高い意識を持って目指しておられると思うのですが、私は本当に幸運にもたまたまご縁があって、ここに辿り着きました。目指した理由を聞かれると、自分の興味のあることを追求したらここに辿り着いた、という気がしています。

リベリア保健省の母子保健担当者が新生児ケアの研修に取り組む様子。
UNICEF Liberia/2022/Kitamura リベリア保健省の母子保健担当者が新生児ケアの研修に取り組む様子。

長年国際協力に携わってきた中で、心がけてきたことはありますか。 

国際保健を始めたばかりの頃は、現地を日本と比べ、できないことに目が向いてしまうことが多くありました。ここ数年は、できないと言うのではなく、考えればできることもたくさんある、と発想を転換するようにしています。

例えば、新生児集中治療室などを見せていただくと、保育器という、赤ちゃんを保温するためのガラスの箱がありますが、色々な事情でその保育器が使えないことがあります。保育器自体がない、保育器があっても電気がない、医療従事者の方々が保育器の使い方を知らないなど、保育器を使えない理由を挙げ始めるとたくさんあります。そこで保育器が使えなくても、他にできることがあるのではないかと試行錯誤しました。

代わりに挙げられる一つの方法として、昔から知られているカンガルーケアという方法があります。お母さんやお父さんの胸の上に赤ちゃんを乗せて、直接肌と触れ合わせることで体温を維持するという手段です。この方法は保育器がいらず、親がいればできることなので、カンガルーケアに力を入れようというような発想の転換をしています。お子さんが小さかったり状態が悪かったりしてこのケアができないという時も、ではどうすればできるようになるのか、などということを親や他の医療従事者と一緒に考えるようにしています。現地の病院で赤ちゃんがカンガルーケアをされているところや、お父さん、お母さんが嬉しそうに赤ちゃんを抱っこしているところを見たときに、この仕事をしていてよかったなと思います。

早産の子どもにカンガルーケアをするカメルーン人の父親。
UNICEF Cameroon/2023/Watanda 早産の子どもにカンガルーケアをするカメルーン人の父親。

あとは、忙しさに忙殺されると、自分が道具のように日常業務をしていることがあるので、たまに立ち止まって、誰のために、何のために仕事をしているのかを少し思い出すようにしています。自分が行っている仕事が、最終的にどのように子どもたちや家族のためになっているのか、ということを考えています。そして、医療従事者の方々が不安なく働けるようにするため、どのように医療従事者の方々の力になれるのかをなるべく忘れないようにしています。

プライマリー・ヘルスケアの質の向上を目的としたミーティングにて。WHOの同僚と。
World Health Organization/2023/Syed プライマリー・ヘルスケアの質の向上を目的としたミーティングにて。WHOの同僚と。

UNICEFで働くことを目指す学生や社会人へのメッセージをお願いします。

私は最初からUNICEFを目指していたわけではなく、小児科医として臨床をしていた期間が長く、政府関係や他の国際機関で勤務したりと、横道に逸れてきた覚えがあります。UNICEFには、幅広い知識や技能を備えている方が多いと思うので、そういった意味では私のケースは特殊かなという気もしています。ただ、今関わっている専門分野は自分の好きなことでもあり、反対に専門性を武器にして生かそうかなと考えています。無駄に思えることでも、自分が楽しく、やりたいと思ったことならとりあえずやってみて、それがいつか何かにつながっていくのではないかと思いながら、挑戦していただければいいのかなと思います。

 

インタビュー後記(インターン 清水春菜)

終始穏やかで丁寧に話されていた知美さんですが、そのお話の中に強い信念を感じました。一途に子どもの保健を思い、国際保健では守れる命の数が特に多いという言葉をきっかけに、保健専門官としてやりがいと責任を感じていらっしゃることが伝わってきました。また、UNICEFでの勤務以前に臨床医としてご活躍されていたことから、国際協力における課題は多岐にわたるため、色々な背景を持った方が貢献できることを再認識しました。大切なのは柔軟な思考と発想の転換だとおっしゃった知美さんのお話が特に印象に残っています。