第88回 ヨルダン事務所 服部紗代
保健(メンタルヘルス)担当官
英国の大学院で国際精神保健を専攻。公益財団法人での勤務を経て、国際NGOで東京やヨルダンで活動。UNVとしてガンビアの国連機関で経験を積んだ後、2024年よりJPO制度を通じて現職。
現在、どのような仕事をしていますか?
現在はUNICEFヨルダン事務所の保健(メンタルヘルス)担当官として、子どもと若者のメンタルヘルスや心理社会的支援に関するプログラムを担当しています。 UNICEFでは職員を対象とした職場内におけるメンタルヘルスの向上にも力を入れていますが、私はプログラムの担当官として、主に子どもたちや若者を対象にした心理社会的支援を担当しています。国際協力において、心理社会的支援は医療的な支援にとどまらず、教育や子どもの保護や地域とのつながりの構築などを含んだ多角的な支援を意味します。UNICEFの心理社会的支援プログラムも、保健、教育、子どもの保護など複数の分野が連携しながら、子どもたちのウェルビーイングを支えることを目指しています。
私の主な役割は、事務所内の関係部署やパートナー団体と連携しながら、プログラムの設計や実施、モニタリング、報告書の作成、予算管理を行うことです。たとえば、現地の保健省や世界保健機関(WHO)、心理分野の専門家たちと連携し、メンタルヘルスに関する研修を実施したり、難民キャンプや地域社会での心理社会的支援活動の支援を行っています。また、心理社会的支援の活動に携わる各部門との連携を強化するため、ヨルダン事務所の副代表と一緒にUNICEF事務所内で定期的に開かれる調整会議を運営しています。
ヨルダンは人口の約4割が18歳未満の子どもたちであり、人口の4分の1が難民です。失業率も高く、将来に対する不安を抱える若者が多いため、こうした心理的ストレスが暴力やいじめといった社会問題につながることもあります。そういった背景を踏まえ、子どもたちが安心して過ごせる「子どもにやさしい空間」の運営や学校のカウンセラーや保健員への研修など、総合的な支援を進めています。
これまでのキャリアと、UNICEFで働こうと思ったきっかけを教えてください 。
最初に国際協力に関わったのは、大学時代に参加したフィリピンでのボランティア活動でした。当時から国際的な課題に関わりたいという思いはありましたが、どのような形で関わるかは明確ではなく、自分にとっての専門性を模索していました。その中で出会ったのが、公衆衛生と心の健康を結びつけた国際精神保健という分野です。特に開発途上国や紛争地域など、支援が行き届きにくい場所における精神保健および心理社会的支援の重要性を訴えるこの分野に惹かれ、英国の大学院で国際精神保健を専攻しました。
大学院修了後は日本に帰国して、公益財団法人で自殺予防に関わる活動に従事しました。その後、国際NGOに入職し、東京の事務所での業務に加えて、シリア難民支援を担当するためにヨルダンにも駐在しました。現地では教育支援や子どもの保護、水衛生支援など、さまざまな分野での人道支援の実務経験を積むことができました。さらに、外務省が支援する平和構築人材育成センター(HPC)の研修を受講し、国際機関で働くための実務スキルや紛争解決・平和構築の基礎知識を学びました。その後、国連ボランティア(UNV)として国際移住機関(IOM)のガンビア事務所に派遣され、若者や地域住民を対象としたメンタルヘルスと平和構築の活動に従事しました。
UNICEFに入職したきっかけは、UNICEFヨルダン事務所の保健(メンタルヘルス)を担当するジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)の公募情報を偶然見つけたことです。自身の専門性である社会心理的支援に携われること、そして過去に駐在経験のあるヨルダンでの勤務であることに運命的なものを感じ、これまで積み重ねてきた経験を活かせる場だと思い、JPOに応募して現職に至ります。
メンタルヘルスや心理社会的支援の専門性を活かして働く中で、特に印象に残っている経験はありますか?
印象に残っている経験が二つあります。一つは、子どもたちが安心して過ごせる「子どもにやさしい空間」での活動です。現場に視察に行くと、子どもたちが遊びや創作活動を通して徐々に笑顔を取り戻していく姿を目に見て実感することができます。そして、私自身も一緒になって夢中で遊び、笑い合う中で、支援を提供する側である私の心もほぐれていくのを感じました。こうした活動は一見単純なもののように見えますが、心の健康を守るためにとても大切な時間であることを実感しました。
もう一つは、UNVとしてIOMのガンビア事務所に赴任していた際の経験です。ヨーロッパを目指して過酷な旅に出た末にガンビアに帰国し、精神的な問題を抱えている若者とその家族の支援に関わりました。将来への不安や医療費の負担に直面する若者たちや家族をどのように支えていけるかを日々模索する中、専門的な知識や技術だけでなく、信頼関係を築き、彼らに寄り添う感性を持つことの重要性を改めて痛感しました。
これらの経験を通じて、子どもたちと一緒に笑い合ったり、逆境に立ち向かって苦しんでいる人をそばで静かに見守るといった、一見対照的に見える関わり方のどちらもが、心理社会的支援において不可欠だと感じます。そして、両方に共通しているのは、人と人との関係性を大切にする姿勢です。目の前の一人ひとりと丁寧に向き合い、信頼を築くこと。その積み重ねこそが、支援の本質なのだと考えています。
さまざまな国と地域での経験を通して、考え方や大切にしている価値観に変化はありましたか?
国や地域を超えて暮らして働く中で、私の中で最も大きく変化したのは、人やコミュニティとのつながりをより大切に思うようになったことです。たとえば、難民や帰還民の方々と接する中で、家族や友人、同じ経験を共有する仲間の存在が、困難な立場に置かれる人たちの心の支えになっている場面を何度も目にしました。そうした関係性が、困難な状況下を生きる力につながっていることを実感しています。同時に、私自身も外国人としてさまざまな国で生活する中で、現地の人々や一緒に働く仲間たちに温かく迎え入れてもらい、支えられてきました。たとえばガンビアで同僚と大皿のご飯を分け合ったり、ヨルダンで同僚の結婚式や出産を一緒に祝ったりと、自然とチームの一員になっていました。こうした経験を通して、現地の人に受け入れてもらえるありがたさを感じると同時に、外から来た人間として自分もその場に何かを返したい、少しでも良い影響を残せる存在でありたいという思いが強くなりました。ただ支援を届けるのではなく、現地の人たちやそのコミュニティと相互に作用し合いながら生きていくことを大切にする姿勢をこれからも忘れずにいたいと思っています。
UNICEFで働くことを目指す学生へのメッセージをお願いします。
私は、子どもと一緒に夢中で遊べるおとなでありたいと思っています。国際協力には制度をつくる力や専門的な知識ももちろん欠かせませんが、子どもたちと同じ目線で笑い合い、ともに過ごす時間を心から楽しめること、そうした感覚こそが、心理社会的支援の出発点になると感じています。だからこそ、皆さんには、自分の中にもいる小さな子どもの声に耳を傾けてみてほしいと思います。なんだか気になる。ちょっとやってみたい。これは違うかも。そんな素直な気持ちを大切にして、自分の心に正直に動いてみてほしいと思います。
そうして動いているうちに、点と点がつながるように、経験や出会いが少しずつ積み重なって、気づけばそれが自分だけのキャリアになっていくはずです。迷ったり遠回りに感じることがあっても、その過程こそが自分らしい道をつくっていくと信じています。そしてその道の先に、UNICEFという選択肢が見えてくることもあるかもしれません。
インタビュー後記(インターン デイビス彩)
服部さんのお話からは、知識や制度だけでなく、人と向き合う姿勢や感受性の大切さが伝わってきました。「子どもと夢中で遊ぶこと」や「自分の中にある小さな子どもの声に耳を傾けること」という言葉が特に印象に残り、心理社会的支援に携わることの本質について改めて考えさせられました。キャリアに迷う学生にとっても、自分の感覚を信じて一歩踏み出すことの大切さを教えてくれるインタビューだったと思います。