第84回 ガンビア事務所 山田菜津実
ジェンダー担当官
大学卒業後、英国の大学院へ進学して国際開発におけるジェンダーの視点を学ぶ。帰国後、開発コンサルタント企業に就職し、その後JICAのジェンダー平等・貧困削減推進室で勤務。2023年にJPO制度でインドのUNICEFビハール現場事務所に入職し、2024年よりガンビア事務所にて勤務。
現在、どのような仕事をしていますか。
西アフリカに位置するガンビアにて、2024年5月よりジェンダー担当官として働いています。ガンビアは人口277万人ほどの小さな国で、人口の49パーセントが18歳未満の子どもで構成されている若くて元気な国です。私はジェンダー担当官として分野横断的にUNICEFの活動に携わり、UNICEFの5つの主な支援分野である教育、保健、水と衛生、子どもの保護、栄養のそれぞれの支援活動に対してジェンダーの視点から分析と助言をしています。
2024年にガンビアで女性器切除(FGM)を禁止する法律を撤廃しようとする動きが起こり、世界に衝撃を与えました。FGMは女性器の全体または部分的切除する習慣で、きわめて強い社会的な規範に支えられています。2019年~2020年の統計データでは、ガンビアの15歳〜49歳の女性のうち73パーセントがFGMを経験しています。しかし、FGMは大きな身体的そして精神的損害を伴う有害な慣習であり、根絶を求める世界的な取り組みのもと、ガンビアでも2015年にFGMを禁止する法律が成立しました。これに伴ってFGMの実施者に対する罰則が強化されましたが、実際の法律の効力は疑問視されていました。様々な組織による啓発活動により、人々の間でFGMが法律違反であるということへの理解は進んできているものの、統計によると0歳〜14歳の子どものうち46パーセントがFGMを経験しており、子どもがFGMや法律を理解できるようになる前に切除の儀式を行なってしまおうという動きが増えてきています。このような流れのなか、2023年に、FGM禁止の法律が成立してから初めて、FGMを行った3人の女性が逮捕されました。これに対して権威のある宗教指導者らが異を唱え、宗教や文化の自由に反する法律だとしてFGM禁止の法律の撤廃を求める動きが加速してしまいました。
このような社会的背景の中、私はジェンダーの視点から、FGMが女性や女の子の権利と尊厳の損なう慣習であることを訴えていくための活動に従事しています。例えば、子どもの保護を担当する部署とともに、FGM根絶の啓発活動をしている市民団体や非営利団体を含むパートナー団体の職員の方々に向けた能力強化のための研修を担当しました。FGMが法律違反行為であるということを大前提として、根本にある男女不平等への理解を深め、今後FGMに関してどのような取り組みをしていくのかなどを研修で話し合いました。
また、長期的な視点を持って、ジェンダー平等に向けた活動も行っています。FGM廃止の法律があってもまだ人々の行動にまでは反映されていないことから、教育支援を担当する部署と協力し、子どもたちにジェンダー平等の概念を広めるための教育政策やカリキュラム作りを今後進めていく予定です。家父長制が根強く残るガンビアでは、女性や女の子の権利が守られていない場面がまだ多いのですが、就学率に関しては男の子より女の子の方が高いという興味深い統計があります。FGMは、祖母から母へ、母から娘へ、というように女性の間で受け継がれてきた伝統でもあり、また実際にFGMの施術をするのは女性であることが多いのが現状です。よって、性別に関わらず、ジェンダー平等の価値観を持ったおとなを増やすことで、FGMを経験する女性や女の子を長期的に減らしていくことを目指しています。
これまでのご経験やキャリアを教えてください。
日本の大学を卒業した後は、英国の大学院へ進学してジェンダーの視点から国際協力や開発支援を分析する方法を学びました。修了後は、日本の開発コンサルティング企業に3年半ほど勤務し、社長秘書として入職したものの、次第にコンサルティング事業部へ異動し、日本政府、政府開発援助(ODA)の関連業務にも積極的に携わりました。その後、コンサルタントとしての経験を活かし、JICAのガバナンス・平和構築部ジェンダー平等・貧困削減推進室で、ジェンダー平等及び金融包摂担当官として、ジェンダー平等や女性の経済活動参画、女性・平和・安全保障(WPS)を促進する事業の計画や調整を行いました。JICAで約2年ほど勤務したあと、ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)制度にて、インド国内に13カ所あるUNICEFの現場事務所の1つであるビハール現場事務所にジェンダー担当官として入職しました。ビハール州は、インドでも最貧困と言われる地域で、女性や女の子の権利や尊厳がまだ守られていない場面が多く見受けられます。例えば、赤ちゃんの性別が女の子である場合に妊婦が中絶を選択する「性別選択的中絶」や、子どもが18歳未満で結婚する児童婚が問題となっています。
インドでは、法律により1994年に性別を理由とする中絶や、出生前の性別の診断が禁止されましたが、女の子は家族の負担として考えられる場合が多く、いまだに妊娠した子が女の子であることを理由とした中絶が後を絶ちません。また、女の子が結婚する際に男性側の家に支払う「ダウリー」と呼ばれる結婚持参金の文化も違法ながら根強く残っており、ダウリーが高額になる前に、低年齢で女の子を嫁に出してしまう児童婚につながります。統計上でも、ビハール州では男性1,000人に対して、女性が940人ほどと、人口の男女比率がゆがんでいることが明らかとなっています。社会全体で女性や女の子の価値が低く見られている現状から、私は子どもの保護部署と協力し、UNICEFの支援事業においてジェンダーの視点を取り入れながら、女の子のエンパワーメントと社会保障へのアクセス強化、そして人々のジェンダー平等への理解を広めていく取り組みに携わりました。その後JPO2年目の時に、現在働いているガンビア事務所に異動しました。
ジェンダーや女性支援分野を中心に活躍されていますが、この分野に興味を持ったきっかけと、仕事をする上での想いを教えてください。
私が大学に通っていた2011年頃は、日本でもまだジェンダーに関する議論があまり一般的ではありませんでした。しかし、私が通っていた大学は、女子大ということもあってか、ジェンダーや男女平等に関する視点が積極的に取り入れられていたと思います。私は帰国子女で、日本人であるものの、なかなか日本社会に受け入れてもらえないという経験をしてきたこともあり、アイデンティティの問題に関心があったのですが、当時友達に誘われて受講したジェンダー学の講義で、ジェンダーに関する問題に強く興味を持つようになりました。その講義の序盤で、殴る・蹴るなどの身体的暴力に加え、経済的暴力や精神的暴力、社会的暴力などを含むジェンダーに基づく暴力を学びました。また、主に女性が無償で担う家事や育児などの再生産労働に実際に金銭価値を付けると、どのくらいの金額になるのかという調査を行った時の衝撃を今でも覚えていますね。私の家では母が洗濯や掃除、料理といった家事を担っており、それまで当たり前のことだと思っていましたが、これを当たり前としている社会に対して疑問を抱くようになりました。そして、ジェンダーをはじめとするアイデンティティが人生の障壁になってほしくないという想いが強くなりました。自分が自分として生きていきたいだけなのに、例えば、なぜ女性であることが原因で差別を受けたり、就労や経済活動の格差に苦しんだり、「女性らしさ」というような「らしさ」の枠にはめられなければならないのだろうかと不思議に思いましたし、男女に関わらずそうであってはならないと思っています。誰もが自分のアイデンティティに誇りを持てる社会が実現できたらいいなと思います。
これまでUNCIEFで仕事をしてきたなかで、特に印象に残っているエピソードはありますか。
インドのビハール現場事務所で勤務していた際、よく出張で地方に訪れました。UNICEFは、医療施設や設備がまだ十分に整備されていない地方の遠隔地で活躍する現地コミュニティの保健員や生活相談員などと協力して定期的にコミュニティで簡易医療ケアや保健・栄養サービスを提供しており、私も支援の現場に視察で同行させてもらいました。インドには保育所が各コミュニティに設置されており、この支援では産前・産後ケアを含む幅広い保健ケアサービスが提供され、多くの女性が赤ちゃんを連れて保育所を訪れます。特に初めての子どもを育てる母親はまだ子育ての知識も不十分なため、栄養に関する知識を身につけるためのワークショップや、予防接種や子どもの身体測定などのサービスも提供されています。実際に支援現場を訪れると、見るからに子どものような女の子たちが赤ちゃんを抱いて連れてくる様子をよく目にしました。児童婚の問題について統計上は理解していたものの、あまりにも衝撃的でした。児童婚が法律で禁止されている事実はある程度認知されているため、女の子たちは本当の年齢を教えてくれず、その多くが「20歳だよ。」と言います。偽物の身分証明書も出回っているため、正確な年齢の把握はとても難しいです。見た目などから、きっと中学生くらいなのだろうと予想はできるのですが、もちろんひとりの母親として頑張ってはいるものの、子どもが子どもの面倒を見ているような状態でした。
こうした未成年の女の子たちは、本当は学校に行きたかったのに、妊娠して結婚せざるを得なくなった場合も多く、生まれたばかりの小さな赤ちゃんを抱えて義母と一緒に保健ケアを受けに来ていることもあります。義母は待望の孫が誕生したことでとても嬉しそうにしていますが、女の子に目を向けると、顔をずっと下に向けたまま目も合わせてくれず、言葉も交わしてくれないこともあります。統計はただの数字でしかなく、実際にこのような女の子たちを目の当たりにすると、やはりその数字一つひとつが「人」であることを実感しましたし、まだまだやらなければいけないことがたくさんあると実感した出来事でした。
UNICEFや国際機関で働きたいと思っている学生や社会人に向けたメッセージをお願いします。
まずは自己理解を深めて、自分がやりがいや楽しみを感じられる分野や、極めたいと思える分野を見つけ、自分が実現したい社会を思い描くことが大切だと思います。UNICEFや国際機関の仕事に憧れを持っている人も多いかもしれませんが、国際機関で働くことを最終目標とすると、道を間違ってしまうことがあるかもしれません。もちろん想や憧れを実現していくことも大切ですが、UNICEFや国際機関も一人ひとりの人間によって運営されている組織なので、やはり理想と現実の差が生じる場面があります。そうした時に、国際機関で働くことを目標にしていた場合、自分の目標を見失ってしまう可能性があります。私にとって国際機関での勤務は最終目標ではなく、自分が実現したい社会のために何ができるかを考え、結果としてたどり着いた場所だと思っています。実現したい社会のために一番自分の能力を発揮できる、そして自分が一番輝ける組織で働くことが大事なのではないかと思います。私の場合も、自分が極めたいと思っている分野で自分が輝ける組織を考えた結果、現在UNICEFで働いており、今後も自分が思い描く社会の実現のために力を尽くしていきたいと思っています。
インタビュー後記(インターン 志水千紘)
学生時代にご関心を持たれたジェンダーの視点から、誰もが自分のアイデンティティに誇りを持つことができる社会になってほしいという菜津実さんの強い想いに感銘を受けました。また、菜津実さんがインド・ビハール州やガンビアで目にした女性や女の子たちの現状は、まだ多くの困難や課題が存在することを示していますし、根気強く取り組み続けることが必要です。そんな中、実現したい社会のため努力を続ける菜津実さんのお姿は、広く国際協力に関わる人々を鼓舞してくださるのではないかと思います。