第96回 インド事務所 沼田(板倉)美聡
子どもの保護担当官
大学卒業後、英国の大学院で平和構築を専攻。国内外の民間企業での勤務を経て、2024年に国連ボランティアとしてUNICEFインド事務所に赴任。JPO制度を通じて2025年より現職。
現在、どのようなお仕事をされていますか?
ニューデリーにあるUNICEFインド事務所で、子どもの保護担当官として勤務しています。現在取り組んでいる仕事として、大きく二つの柱があります。
一つ目は、子どもの保護に関するノベーション・ファンドの運営で、子どもの保護活動において最も重要度の高い課題に対して、デジタル技術やイノベーションを活用した事業設計に取り組んでいます。これは、国内の14の州にある現場事務所に、子どもの保護の分野の課題をデジタル技術で解決できるアイデアを社内コンペのような形で募り、審査を経て選ばれた事業を実際に展開していくプロジェクトです。私はコンペの準備・運営から、実際に選ばれたアイデアを形にするための立案と実行までのサポートを担当しています。各州のスタッフは日々、子どもの保護に直接取り組むなかでさまざまな課題に直面していて、デジタル技術を活用して課題解決できるような案がいくつも集まりました。2025年8月にコンペを行ない、紆余曲折がありながらも、実施に向けて現在準備を進めています。
準備を進めているアイデアの一つが、データを活用した、コミュニティレベルでの子どもの保護のシステム構築です。インドでは、子どもの保護の課題として、児童婚や児童労働、虐待などが挙げられますが、こうした深刻な事態に陥る前の段階で、リスクの高い家庭(貧困、不登校、ひとり親、精神疾患や難病を持つ家族がいる家庭など)を特定して社会福祉サービスに繋げることで、子どもの保護に関する問題を予防する仕組みづくりを目指しています。例えば、既存のデータを使って保護の対象となるケースが多く起きている地域を特定し、対象地域の家庭を回るコミュニティ担当者が戸別訪問時にリスク特定のためのデータを収集します。収集したデータをもとに、受給可能な福祉サービスを携帯電話のメッセージアプリで自動通知します。また、すでに保護が必要なケースだと特定された場合は、行政の関連機関と連携します。さらにそのデータを分析可能な形で行政が所有するように制度化し、政策立案に活用できるように地方自治体の能力育成も行う予定です。
これまでもデータ収集は行われていましたが、紙で情報を集めていたために福祉サービスとの連携や政策立案にデータが活用されていないことが課題でした。また、無数にある福祉サービスの受給資格が複雑で利用されていない状況でした。今回の施策が軌道に乗れば、コミュニティの担当者が戸別訪問時に特定したリスクの高い家庭が適切な福祉サービスに漏れなく繋がり、それらのデータを村、県、州レベルでの政策立案に活用していくところまで一貫して行えるようになります。
もう一つの業務の柱はオンラインの子どもの保護に関するものです。インドはオンラインを介した子どもの性的搾取被害が最も多い国の一つとされています。これまで子どもの保護支援は、主にオフライン(現実世界)での暴力を対象にしていましたが、性的搾取画像、グルーミング、ネットいじめなど、オンライン上の暴力の増加やAIの急速な発展による課題の高度化を受け、支援を進めています。オンライン上の暴力に関する支援は急速に発展している分野であり、現在は戦略の再構築を主に担当しています。保護者や子どもたちへの啓発活動、学校の教員や警察、司法機関への訓練などのUNICEFの既存事業において、オンラインの子どもの保護の観点を統合することに加えて、政府や大手SNS事業者に対してより安全なプラットフォームの設計やそれらを規制する法的枠組みについて政策提言を行うことも検討しています。また、これらの活動において、実際に子どもたちや若者の声を集めて提言内容に反映させる予定です。
これまでのキャリアと、UNICEFで働くようになった経緯を教えてください。
大学院卒業後、民間の戦略系コンサルティング企業でキャリアをスタートしました。ただ、高校生の頃から国連で働きたいという気持ちを抱いていました。図書館でたまたま手に取った緒方貞子さんの著作『私の仕事』を読んで、世界中の人たちが集まって理念を掲げ、みんなで力を合わせて課題解決していく物語に心が惹かれたのがきっかけです。大学では国際公共政策を学び、その後英国の大学院で平和構築を専攻しました。ただ、就業経験なしで開発業界に入ることはなかなか難しく、民間企業の方が人材育成を手厚く行なってくれる傾向にあると思い、まずは民間でキャリアをスタートさせました。また、コンサル業務で行うような、論理的に課題を構造化し、リサーチや分析を通じて仮説を立て、プレゼンを行なって実施につなげるというスキルは、分野や業界を超えて活かしていけると考え、スピード感をもって成長できる場所だと考えました。
最初は幅広くコンサル業務に対応するジェネラリストとしていろいろな案件に携わりましたが、AIやデジタルの分野が日々進歩するなかで、今後は開発業界にもそうしたソリューションが求められていくと考え、デジタル関連の専門性を高めるようにしました。すでに多くの高度な知識を持った人たちが国際開発の分野で活躍しているなか、自分が何を強みとして闘えるかを考えた時に、AIやデジタルに関するスキルは、自分を差別化できると考えました。開発分野では、ビジネス分野に比べるとテクノロジーやAIの導入がやや時間をかけて進む傾向が強く、テクノロジーと開発分野の橋渡しをする人材はこれから重要になると思いました。海外のコンサル企業やAI関連のスタートアップ企業も含め5〜6年ほど民間で経験を積んだ後、国連ボランティア(UNV)を通じて今働いているUNICEFインド事務所に赴任し、上司に恵まれたこともありその1年後にジュニア・プロフェッショナル・オフィサー (JPO)として採用され、現職に至ります。
現場で働くなかで感じる難しさやりがいについて教えてください。
難しく感じるのは、外部要因に業務が左右されることが多くある点です。また、政府やパートナー団体など多くの関係者と協力して活動を行うので、調整をするのに時間がかかる点も難しく感じる時があります。
やりがいという意味では、14年間ずっと憧れていた仕事につけていること自体がモチベーションになっています。毎朝オフィスに出社して、ロビーに掲げてある「for every child(すべての子どもたちのために)」というスローガンを目にする度に、誇らしい気持ちになります。企業で働いていた時も仕事自体は面白いと感じていましたが、「どんな障害にぶつかっても、この仕事を絶対に実現させたい」という圧倒的な熱量は今ほどなかったかもしれません。今は、プライベートの時間を使って仕事に関する調べ物をしたり、関連する本や研究資料を読んだりする時間が増え、好きなことだからこそ積極的に取り組めています。継続的にコーチングを受けたり、仕事の節目で振り返りの時間をきちんと取ったりするなど、今の仕事に就いてから成長意欲が更に高まったと感じています。
UNICEFや国連で働くことに関心のある若い世代へのメッセージがあればお願いします。
私もUNICEFに入ったばかりでこれからどうなるかわかりませんが、国連機関に入る上で一番大事だと感じたのは、「情熱と覚悟」だと思います。JPOや国際機関の各職種には、必要な学位や職務経験、語学力、専門分野など、応募要件が明記されています。それに加えて、書類の準備の仕方や面接の練習方法について、情報収集すれば知ることができます。成功するまで何度も挑戦することができるので、「絶対にこの道を諦めない」という覚悟を持ってそれぞれの要件を地道にクリアして、準備を積み上げていけるかどうかが大切だと思います。
私自身も、開発途上国への引っ越しに伴い、家族との調整で大きな壁にぶつかりました。紆余曲折を経て、夫は勤務している会社のインド拠点で働けることになり、今は3歳の子どもも含め家族みんなでインドに住めていますが、自分の道を進むために多方面と調整してどうにか解決策を探る上でも、やはり「絶対にあきらめない覚悟」を持っていたことが大きかったと思います。日本ほど環境が整っていない場所での生活など不安要素もたくさんあると思いますが、それでもこの仕事をしたい、この仕事をしていくんだという情熱と覚悟を持って目標に向かって積み上げていけば、いつかチャンスが巡ってくると思いますので、ぜひ一緒に頑張っていきましょう。