第43回 レバノン事務所 四居 美穂子
開発のためのコミュニケーション担当官
大学卒業後、英国の大学院にてコミュニティ開発学の修士号を取得。その後民間企業での勤務を経て、広島平和構築人材育成センターのプライマリーコースを通じ、国連ボランティアとして国連常駐調整官事務所 (UNRCO)に1年間所属。ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)制度で2019年より現職。
現在、どのような仕事をしていますか。
現在は開発のためのコミュニケーション部門に所属しています。この部署は、住民参加、アドボカシー、社会や行動変革のためのコミュニケーションの3つを主な軸として活動しています。マスメディアやデジタル媒体などの外部向けの広報とは異なり、開発のためのコミュニケーションは、支援対象者の考え方や価値観を理解した上で、子どもたちやコミュニティを巻き込みながら、彼ら自身が自ら問題を認識して解決策を提案し、その提案に基づいて行動できるようにするアプローチのことをいいます。
例えば、国連が定めた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の支援分野8つのうち、レバノンではUNICEFが2つの分野を主導しているのですが、開発のためのコミュニケーション部門はその中の 「リスクコミュニケーションと住民参加」という分野で中心となって対応しています。活動内容は多岐に渡りますが、主な活動の目的は、子どもたちや若者、その家族をはじめとする住民や、医療・政府関係者などに公衆衛生のトレーニングを提供することや、広報キャンペーンに参加してもらうことによって、誤った情報が出回るのを防ぐこと、そして、住民の信念や環境に配慮した情報提供によって信頼を構築し、健康に関するアドバイスを遵守した行動をしてもらうことです。そのため、情報の出どころを把握したり、誰を巻き込んでプロジェクトを進めるかを決定することは、私たちの重要な仕事です。プロジェクトの初期段階で感染予防策の動画やポスターを制作をした際は、子どもたちにも分かりやすいものを作ること、レバノンでは移民や難民も多いので、彼らにもわかりやすいような言葉を選ぶこと、そしてレバノンの人々の特性や宗教なども考慮しながら制作していました。また、保健省と協力してコールセンターを開設し、住民の方が何かCOVID-19に関する質問や不安なことがあるときに、連絡できるようなシステムを設けました。COVID-19の感染予防方法に関する啓発活動も実施しました。例えば、レバノンの50%程度の人々はイスラム教を信仰しているので、宗教行事であるラマダン中の親戚の集まりや、バーを始めとする若者の社交の場などを特定して予防策の啓発活動を行いました。そして、UNICEFのパートナーと共に、感染者や医療関係者への偏見や差別を払拭するための広報キャンペーンも実施しました。
開発のためのコミュニケーション部門は部署横断で働くという特徴があり、保健や教育など、様々なプログラムにおいて、住民本位の支援ができるようサポートをしています。私はその中で、乳幼児期の子どもの発達分野における事務所内でのコーディネーターも務めています。脳科学的知見では、赤ちゃんが母胎の中にいる10カ月間を含む、8歳までの時期が子どもの脳の発達に影響を及ぼすことが分っており、この時期に、UNICEFの色々な部署が関わって支援します。例えば最初の1000日は保健チームによる母乳や予防接種などの健康面での支援が中心となり、その後の1000日は教育にシフトしていきます。またこの8年間で一貫して、子どもの保護も重要となります。このような中で、私はUNICEFレバノン事務所内での乳幼児期の子どもの発達支援に関する様々な事業の調整をしながら、戦略策定の仕事をしています。
それから乳幼児期の子どもの発達関連でいうと、レバノン事務所内でのレゴ財団とのパートナーシップの担当もしています。UNICEFとレゴ財団はグローバルパートナーシップを通して、遊びを通した学びの推奨をしており、レバノンでも推進しています。
レバノンでは現在、経済危機の影響で子どもたちが厳しい状況に置かれていると思います。子どもたちが直面している課題や、支援をする中で感じること・挑戦などがありましたら教えてください。
レバノンでは最近まで一年間、無政府状態だったため、色々なところに影響が出ています。2011年のシリア危機の影響で、レバノンは人口の約4分の1に値する約170万人の難民を抱えています。そのため、UNICEFレバノン事務所は今まで、主にシリアやパレスチナからの難民を対象に支援を行ってきました。しかし、2019年10月の反政府デモを皮切りに、経済や政治、財政危機が起こりました。これにより、今はレバノン人でも半数以上が貧困ラインを下回っているので、レバノン人の子どもたちやその家族にも支援を行っています。レバノンの人口の70%以上が年内には安全な水へのアクセスがなくなるといわれており、危機的な状況になっていると実感しています。また、燃料不足のために電気や車が使えなかったり、医薬品が不足していることも子どもたちに大きな影響を与えています。さらにその中でもCOVID-19が猛威をふるっており、燃料と医薬品が不足しているために閉鎖する病院も出てきていて、医療不足が深刻です。
支援を続ける中での課題の一つは、現場に行くことが難しいということです。特に私のチームは現場に行って、地域の声を聞き、どんな信念を持っているかを分析しながら対策を考えていくというのが仕事なので、現場主義ではあるのですが、燃料不足やCOVID-19によって、UNICEF職員や現地で働いているNGOなどのパートナーが頻繁に現場に行けないというもどかしさがあります。
COVID-19の対応として、オンラインで対応できる地域はオンラインで支援を進めてはいたのですが、電気不足のためにそれもできなくなってきています。また、ワクチン接種を拒む若者が増えていたり、デルタ株に関する誤情報が出回っているので、まだまだ誤情報に関する対応は必要です。教育に関しても、経済危機のために貧困層の家庭がますます子どもたちを学校に通わせることができなくなっています。そのため現在、数十万人におよぶ子どもたちが学校に通えなくなる可能性があるという危機に直面しています。
子ども時代の経験と、これまでのキャリア、UNICEFで働こうと思ったきっかけを教えてください。
イギリスで生まれ、幼少期は父の仕事でドイツとルクセンブルクで過ごしました。好奇心旺盛で、活発で自我の強い子どもだったと親からは聞いています。学生時代は身体を動かすのが好きで、中高時代はハンドボール部で部活に明け暮れていました。今振り返ると、小さな時から人が好きで、人々の行動の裏にある心理や信念などに興味を持っていたと思います。これは今の仕事に繋がっているのではないかと思います。
大学時代は、外国人に日本語を教える日本語教員養成課程を履修していました。その一環で、群馬県太田市の日系ブラジル人の子どもたちとの関わりを通して、外国につながりをもつ子どもたちのアイデンティティ形成や多文化共生などを考える時期があり、地域密着型の活動アプローチに興味を持ち始めました。それと同時期に、UNICEFという大きな組織の中にも、行動科学を用いて地域に根差した活動をしている、開発のためのコミュニケーションという分野があるということを知り、いつか働いてみたいとぼんやり思ったのがUNICEFを目指すきっかけになりました。
大学を卒業後、イギリスの大学院でコミュニティ開発を学びました。国連は最低でも2年の職歴が必要な場合が多いので、キャリアを迷っていて、NGOなどでのキャリアを考えていました。しかし新卒で雇用してくれるところも少なく、民間企業も視野に入れ就職活動を行いました。その際、日本で初めて、社会との共通価値の創造(CSV)いう部署を立ち上げたキリン株式会社に出会い、4年間働きました。この部署は、企業の社会的責任(CSR)と言われる概念より一歩先を見ていて、会社の強みを生かしながら、社会的ニーズや社会問題の解決に取り組むことで、社会的価値と経済的価値の両方の創出を実現することを目指していました。
キリングループでは健康、地域・コミュニティ、環境をCSVの軸としていました。私は主に地域・コミュニティ担当をしていて、2011年東日本大震災や2016年の熊本地震の復興応援、キリンとゆかりの深い土地での地域活性化の仕事を担当していました。働いている間にも国連で働きたいという思いは消えず、JPOに応募しましたが、書類選考も通らず、根本的にアプローチを変えなくてはと思いました。そこで外務省委託の広島平和構築人材育成センターのプライマリーコースに応募することを決めました。このコースは当時は2カ月間の日本での研修と1年間の国連ボランティアのプログラムで構成されていました。そこで国連ボランティアとして1年間、民間企業連携・イノベーション専門官としてカンボジアの国連常駐調整官事務所(UNRCO)に所属し、民間企業と国連機関との間でどのような協力ができるかの会議を開催したり、各国連機関の年間計画内の民間企業分野のアドバイスを行っていました。その間にJPOに合格し、2019年からUNICEFレバノン事務所で勤務しています。
仕事の原動力ややりがいは何ですか。
開発のためのコミュニケーション部門は、裏方として働くことが多く、脚光を浴びることは少ないですが、部署横断で働ける面白さがあります。また何よりも、支援者の方々と支援を受ける地域住民との橋渡し役となれることにやりがいを感じています。支援者の皆様から頂いた資金も、地域のニーズに沿っていなければ役に立ちません。私たちの部門では地域のニーズを理解し、どのようにコミュニケーションを取ると行動に移してもらえるかを考えながらアプローチ方法を決定しています。支援者から頂いた資金を、いかに地域のニーズに沿った持続可能なものにできるかの鍵を握る、重要な役割だと感じていて、そこが面白いなと思います。また現場に行き、支援がどのように子どもたちのために使われているのかを確認する際、子どもたちの笑顔を見ると、この仕事をやっていてよかったと思えます。
UNICEFで働くことを目指す学生へのメッセージをお願いします。
主に二つあるのですが、一つ目としては、回り道を楽しむことです。私の場合は、高校・大学時代に国連で働きたいと思っていましたが、自分には無理だろうという思いがありました。民間企業に入った時は、国連から遠ざかってしまったと焦りもありましたが、一見UNICEFや国連から遠く思えた経験も、国連に入ってからの民間連携の仕事や現場での関係構築において役に立っていると思います。例えば民間連携において、会社や財団がUNICEFとのパートナーシップを通して何を求めているか、ニーズを把握し、共通価値を見出す際にも、民間企業での経験が生きています。ですから、ちょっと道から逸れてしまったと思っても、それがいずれ糧になると思うので、回り道を楽しんでほしいと思います。JPOや広島平和構築人材育成センターなど国連への門戸を開いてくれるプログラムもあるので、色々な経験を積んだ上で国連を目指す、というスタンスで良いのではないかと思います。そして諦めず、何度も挑戦してみることが大事だと思います。
二つ目として、国連に入るためにはどの学部に行けばいいですか?どういう会社に入ればいいですか?という質問をいただくことが多いですが、興味のある分野を突き詰めるのが一番だと思います。国連の中でも色々な職種があり、例えばUNICEFの中でもいわゆるオペレーション部門と言われるITや人事、財務、物流、総務などもあれば、プログラム部門では、保健や栄養、教育、子どもの保護、水と衛生、広報、リサーチ、モニタリング評価など、様々な分野があります。ですから、自分の興味のある分野をとことん頑張ってほしいと思います。
インタビュー後記
四居さんのインタビューから、レバノンの人々が直面している環境の厳しさや課題の大きさを感じました。また開発のためのコミュニケーション部門での仕事の奥深さや面白さを知ることができ、地域の人々を理解しニーズに合った援助を提供する上で、とても大切な仕事だと感じました。一旦回り道に思える経験も、それが国連や後の仕事で糧になるという四居さんのお話は、私だけでなく、国際協力や国連に関心のある多くの人たちの励みになると思います。