第40回 インドネシア事務所 伊藤杏子
青少年開発担当官
大学卒業後、渡米を経て、中国にて民間企業に勤務。英国の大学院で教育開発学修士号を取得し、卒業後はNGOに勤務。ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)制度で現職。
現在、どのような仕事をしていますか。
インドネシア事務所の教育部門で青少年開発担当官として、10代の若者たちを中心とした支援に携わっています。青年期は、個人の発達や教育、就職においても重要な時期ですが、国や地域の発展にとっても非常に重要な世代です。インドネシアの人口約2億7,000万人の18パーセント(約4,800万人)が10代の若者であると言われていて、国の発展においても必要不可欠な存在です。しかし、同国の若者を取り巻く状況は厳しく、例えば、経済格差や教育や保健の不公平な機会、不十分な就業機会、気候変動などの問題が影響を与えています。このような問題から若者を守り、適切な教育や訓練を受け、社会で活躍できるスキルや社会に参画する意識を醸成することが必要です。そのため、UNICEFインドネシア事務所ではライフスキルやデジタルスキルなどをはじめ、変化の激しい現代社会を生き抜いていく力を身に着けるための支援プログラムを行っています。
私は主に、支援プログラムの実施や管理、他の部門との調整業務に携わっています。インドネシア事務所で実施している青少年プログラムを3つ紹介します。1つ目は、女の子を取り巻く環境を包括的に支援するプログラムです。女の子は青年期に移行する際、さまざまなチャレンジに直面します。インドネシアでは、思春期にあたるこのとても重要な時期に、多くのリスクにさらされます。例えば、児童婚や妊娠、教育機会の喪失、いじめ、生理による通学の断念や退学などです。このような状況を打開するために、このプログラムが立ち上げられました。具体的には、女の子を含めた青少年を取り巻く学校環境を改善するために、先生や生徒が正しい知識や、生きていく上で重要なライフスキルを身につけられるような教育を行ったり、学習成果を向上させるための読み書き学習の改善をしてきました。さらに、トイレの整備や学校内でのいじめを予防する取り組みなど、他部門と協力して包括的な支援を行っています。また、若者自身が自分たちの周りの環境や社会に対して声を上げられるような仕組みを導入し、若者たちが主体的に社会参画できるような工夫もされています。
2つ目は、「デジタルイノベーション・チャレンジ」というプログラムです。若者がデジタルスキルを含め今の時代に役立つスキルを習得し、エンパワメントされることを目的としています。実際に、自分たちの身の回りの社会課題に対する解決案をチームで考え、その実現のためにアプリ開発などを通して課題解決に取り組みながら、想像力、チームワーク、コーディングなど幅広いスキルを習得していきます。スキルの育成に加えて、起業家精神や社会参画の意識の醸成なども期待されています。社会のさまざまな分野で活躍している人たちがメンターになって、どのような解決策があるか、どのようにそれを形にするかを一緒に考えてくれるメンター制度も含まれているのも本プログラムの特徴です。さらに、プログラムの最後には、政府に自分たちが考えた解決策を発表する機会があるので、若者が挑戦の機会を得るだけでなく、政府側にとっても、若者たちが考えた斬新で社会により適したアイデアを政策に反映させることができるという、相互のメリットがあります。実際に、教育の課題、いじめ、女性への暴力、環境、健康、気候変動、メンタルヘルスなど若者を取り巻く多様な課題及び解決案が参加者から出されました。
3つ目は、日本政府からの支援で実施している、学習に安全に戻るためのプログラムです。現在インドネシアでも新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響がとても大きく、感染者数が右肩上がりに増えています。学校への影響も大きく、現在も53万校が閉校になったままで、約4,800万人の子どもたちに影響が出ています。一時的な学習機会の喪失だけではなく、元々存在していた学習格差の悪化や、学習が追い付かない子どもたちの増加がみられています。経済環境の良くない家庭では、働くためにそのまま学校を辞めてしまう子どもも少なくありません。また、学校に行けないことによるメンタルヘルスへの影響もとても大きいですし、妊娠や児童婚のリスクも高まります。このような問題は以前からありましたが、COVID-19により悪化しています。現在予定されている7月からの学校再開に合わせて、子どもたちが安全に学校に戻れるように、小学校を対象に安全で快適な学習環境を作るための活動をしています。このプログラムも教育部門だけでなく、複数の部門が協力して実施しており、学習格差を埋めるための学習や制度の支援、子どもの心理社会的支援、手洗い場の設置や感染予防措置、学校での予防接種の実施など、幅広く包括的な支援プログラムを行っています。
青少年の支援ではスポーツを用いたプログラムも行われていますが、インドネシア事務所ではどのような活動が行われていますか?
インドネシア事務所では、2018年から2020年にかけて、「持続可能な開発のためのインクルーシブ教育」というプロジェクトを実施しました。インドネシアでは、障がいのある子どもたちの10人に3人は学校に通っておらず、初等教育卒業率は56%、中等教育に至っては、卒業率が26%に留まっています。この背景には、障がいのある子どもを通常の学校に通学させるという概念が薄く、特別支援学校に通わせる親が多い一方で、特別支援学校数が少なく、通学が容易ではないことがあげられます。このような問題に対応するため、スポーツや遊びを用いて、保護者やコミュニティで障がいのある子どもたちの権利に関する認識を高め、障がいのある子どもたちや社会から疎外された子どもたちが質の高い教育を受けられるようにするためのプログラムを行いました。具体的には、体育教育やスポーツイベントを含めたスポーツや遊びを通じて、尊敬や努力、チームワーク、謙虚さ、向上心、寛容さなど、社会へのインクルージョンの価値観の促進を図りました。また、障がいのある子どもにもない子どもにも適応可能なインクルーシブな体育やスポーツ、遊び、ライフスキル教育を提供できるようにするため、教員たちの能力育成も行われました。
障がいの有無にかかわらず、すべての子どもには教育を受ける権利があります。しかし、障がいがある子どもたちは、地域や社会から疎外されたり、適切な教育の機会などが公平に与えれていません。人々の偏見や価値観を変えることは容易ではありませんが、スポーツを通して一緒に喜び、励ましあいながら共通の価値観を共有することで、社会へのインクルージョンを促進することができます。スポーツは、開発の分野においても、そのような高い可能性を秘めていると思います。
これまでのキャリアと、UNICEF で働こうと思ったきっかけを教えてください。
私のキャリアは、中国にてIT 企業への就職から始まりました。コンピューターメーカーの、中国支社で2年半ほど勤務し、その後、日本本社で3年半、いずれも営業職として働きました。この6年間のIT企業での経験は、今の仕事にとても活きています。まず、異文化への適応能力やコミュニケーション能力を身に付けることができました。さらに、外資系企業ですので、結果を出さなければならない環境であり、絶対に結果を出すという達成力が培われたと思います。しかし、30歳前ぐらいのときに、社会に何も貢献できてないことを感じながら、自分が本当にやりたいことは何かを考えるようになりました。
その時に頭に浮かんだのが、小学校2年生の時にアメリカ旅行で見た光景でした。旅行時に国境を越えて行ったメキシコには、ストリートチルドレンがたくさんいました。国境ひとつで全く環境が違うということは、幼いながらも、何故なのか疑問に思いました。その疑問は、私の中にずっと存在していましたが、すぐに国際協力に結びついたわけではありませんでした。しかし、海外には常に興味があり、さまざまな海外経験を通じて多くの人と繋がりを持つと同時に、世界中の人は皆同じ人間だという感覚を持ち始めました。それなのに紛争下など困難な立場に置かれている人や国があるのは不公平だと感じ、自分の中での憤りがどんどん高まっていきました。また、そのような環境でいつも犠牲になるのは、子どもたちのような社会的に弱い存在なので、子どもや若者の支援をしたいと考えました。
さらに、どのように状況を変えることができるかと考えた際、教育が一番有効なのではないかと思いました。教育で人は変われるし、人が変われば社会や国、世界が変わると思い、会社を辞めて、大学院で教育開発を学ぶことにしました。国連への憧れは昔からありましたが、初めから絶対にUNICEFと考えていたわけではなく、大学院卒業後は、国際協力の実務経験を積むために日本のNGOに就職しました。東京の事務局で働いた後に、ミャンマーに3年ほど駐在し、教育支援事業に携わりました。その際、NGOは現場には強いけれど、政策など大きなスケールで影響を及ぼすことは難しいと感じ、国連でスケールの大きい仕事をやってみたいという思いを持ち、JPO試験を受けました。子どもの権利の実現や可能性を最大化させるUNICEFのミッションに共感していたので、自分の夢の実現のためにもUNICEFで働きたいと思い志望し、幸運にも働く機会を得られました。
どのような子ども時代、学生時代を過ごしていましたか。
子ども時代は、ごく一般的な家庭で育ちました。共働きだったのですが、父親が家事をするという、家庭内のジェンダー観は他の家庭と違ったのかなと今では思います。高校まで地元の公立学校で勉強し、大学も国内の大学に入学しました。学業よりもアルバイトに時間を費やしてしまう生活でしたが、塾の講師や外務省での短期アルバイト、ホテルのインターンなど、興味を持ったことは幅広く経験し、貯めたお金で海外旅行や短期留学を積極的にしました。学部はキャリアデザイン学部という当時珍しい学部で、生涯学習や自分のアイデンティティについて深く考える学部でした。特に当時所属していた他文化共生ゼミに関心が高く、積極的に取り組みました。学生生活も終盤になり、就職活動をする時期になると、私は当時、自分のやりたいことを見つけることができず、このまま就職してしまっていいのだろうかと思うようになりました。本当に自分がやりたいことを考えて、もっと世界を見たいという気持ちから、結局就職はせず、ホームステイをしながらベビーシッターをするプログラムを利用して、一年間アメリカに行きました。
仕事の原動力や、やりがいは何ですか。
インドネシア事務所に赴任して半年経ちましたが、COVID-19の影響で現地に行くことができず、日本からリモートで仕事をしています(※インタビュー時)。現場に行くことができないのは非常に残念ですが、そこで重要なのが想像力だと思っています。自分が携わっているプログラムの先に子どもたちや若者たちがいて、如何に彼らの役に立てているかを想像しながら取り組むことが、やりがいや原動力になっています。日本からのデスクワークのみだと、想像することは容易では無いですが、NGO で働いていた時に現場をずっと見てきたので、現場でどのような問題が起こっていて、どのように対応し、どのように支援が受益者に届くか想像がつきやすく、これまでの経験が活きていると感じます。また、一緒に働いている同僚や上司の存在がとても刺激になっています。多くはインドネシア人ですが、日本人を含めて世界各国から職員が集まっているため、組織に多様性があり、さまざまな価値観を持った人々と一緒に働けることはとても幸せなことだと思っています。とても優秀で高いモチベーションのもと職務に励む同僚から常に刺激をもらい、インドネシアの政府や民間企業、NGOなどのパートナーと幅広く協力しながら仕事ができる環境は、自分のやりがいになっていると思います。
UNICEF で働くことを目指す学生へのメッセージをお願いします。
一番重要なことは、自分は何が好きで、何がやりたいのか、という自分の関心に正直になることです。そして、勇気を出して一歩踏み出すことを大切にしてほしいです。自分の直感を信じて、ビジョンを持って行動するということがUNICEFでのキャリアを含め将来の人生選択に置いてとても重要だと思います。しかし、自分が何をやりたいのか分からない人もいるだろうし、紆余曲折することもたくさんあると思いますが、それでいいと思います。面白そうだと感じたら、小さいステップでいいので、まず何かやってみようと考えてほしいです。例えば、国連に興味があるのであれば、イベントに参加したり、国連職員の話を聞くなど、小さな行動を起こすことによって、そこから見えてくるものがあり、それによって、「自分はこれが好きなんだ」とか、「ちょっと違うかな」など、自分の関心がもっと探求でき、その先に繋げることができます。まずは、自分がどうしたいのか、何に興味があるのかということに敏感になる必要があるし、それが最も重要だと思っています。一歩踏み出せば、周りの人が助けてくれることも多いです。相談をすれば周りの人は絶対に助けてくれるので、自分一人ではなく、周りの力を借りながら、自分の夢を実現していこうと考えてよいと思います。
自己肯定もとても重要です。日本人は特に、自尊心が低く、自分にはできないと考えてしまいがちだと思います。私もそう感じたことがありましたが、自分ができないと思ったら絶対できないので、そうは考えないでください。私は、皆それぞれ素晴らしい可能性を持っていると思っています。人と同じでなくてよく、むしろオリジナリティがキャリアに置いてもすごく重要です。自己肯定を忘れず、自分には絶対できる、自分には可能性があるということを信じ続けることが重要だと思います。また、プライベートとの両立を不安に思う方も多いかと思います。私は、結婚後に単身で留学して、NGO職員としてミャンマーにも行くなど、自分の夢の実現を諦めませんでした。勿論、家族など周囲の理解があってこそですが、キャリアかプライベートどちらかという選択ではなく、どちらもやりたいのだったら諦める必要はないと考えています。人と比べず、自分とパートナーや家族などにとって何がベストかということを考えてほしいと思います。そして、プライベートも仕事もやりたいことを全て、自分自身が納得がいく形で叶えていってほしいです。
インタビュー後記 難波祥子
様々な経験を経て、UNICEFに入職された伊藤さんのお話をうかがい、自分の興味のもとに進む行動力と希望を叶える力強さにとても感銘を受けました。そして、決して一人ではなく、周りの方の力も借りながら夢を実現するというメッセージは、心強く感じ、励まされました。