第46回 ウガンダ事務所 植村 奏水
子どもの生存と発達プログラム担当官
大学卒業後、医療機器メーカーで営業職として勤務。その後、英国の大学院で開発学の修士号取得。世界保健機関(WHO)でのインターンや国際NGOでの勤務を経て、ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)制度で2021年より現職。
現在どのような仕事をしていますか?
UNICEFウガンダ事務所の子どもの生存と発達プログラムを担当する部署で勤務しています。保健システムの強化と、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対応が主な業務です。
保健システムの強化においては、保健財政の分野を担当しています。かなり広い分野になるのですが、保健医療サービスの費用負担が原因で貧困に陥ることを防ぐシステム作りなどを行います。ウガンダでは健康保険制度を含む社会保障制度が未整備で、国の保健医療支出全体のうち患者さんが負担する費用が、日本では約13%のところ、ウガンダでは約40%を占めます。これは、貧しい家庭にとって医療を受けるハードルが高くなってしまう、不公平な制度であることを意味しています。現在、ウガンダの保健省は国が費用を負担する必須保健医療サービスパッケージの見直しをしており、どのような保健医療サービスをパッケージに含めるかを決めたり、どれだけの費用が国の負担となるのかを積算する作業を進めています。UNICEFは保健省に対して、UNICEFの専門家からの意見をインプットすることで、必須保健医療サービスパッケージが子どもや女性のニーズを反映したものになるよう支援を行っています。並行して、UNICEFは、政府や国会議員、省庁に対して健康保険制度の法制化の働きかけも行っています。
COVID-19対応に関しては、ワクチン接種状況のモニタリングや、UNICEFの対応計画の策定と改定、そして予算管理を担当しています。ウガンダではワクチンの接種がまだ進んでおらず、11月29日時点で接種を完了した人は対象人口の7%に過ぎません。モニタリングとボトルネックの分析によって、刻一刻と移り変わる状況に対応した適切な支援を届ける必要があります。日本政府からは、コロナ禍でも保健や栄養、水と衛生などの必須サービスを継続的に提供できるようにするためのプロジェクトや、ワクチンを低温保管するコールドチェーン設備を拡充するプロジェクトにご支援頂きました。私はこれらのプロジェクトの進捗管理や、日本大使館とのコミュニケーションのサポートもしています。
UNICEFは、組織の使命である子どもに焦点を当てて、これらの活動に取り組んでいます。COVID-19は、パンデミックが終息しない限り、教育や医療などの子どもたちにとっても必須のサービスに影響を与え続けます。UNICEFは過去に多くの予防接種プログラムを行ってきた経験から、ワクチンの調達などの強みを活かした支援を行っています。保健財政は子どもだけに影響を与えるものではありませんが、UNICEFは特に子どもや母親のニーズが制度に反映されることを重視して、政府とともにより良い制度の実現に向けて議論を進めています。
これまでのキャリアと、UNICEFで働こうと思ったきっかけを教えてください。
実は小学校の文集に「UNICEFで働きたい」と書いていました。一年に一回UNICEFへの募金活動が行われており、その活動を通して世界の子どもたちの状況に関心を持ちました。委員会活動の一環で、UNICEFの活動を他の児童に伝えたり、募金を促したりしていました。それが一番初めのUNICEFとの繋がりでしたね。しかし、その後ずっとUNICEFで働きたいと思い続けていたわけではありませんでした。
大学卒業後は4年程、医療機器メーカーで営業職に就いていました。人の命に関わる製品を取り扱う社会貢献度の高い仕事だと思ったのが就職の決め手でした。私が担当したのは先進的な治療に使われる高額な医療機器でした。日本では健康保険制度が整っているので、患者の自己負担額は抑えられますが、途上国ではそうはいきません。開発途上国では、この治療を受けるために親戚から借金をしたり、家を売ったりすることもあると聞き、そうした高度な医療に手の届かない貧しい人たちに貢献したいと考えるようになりました。
国際機関などで働くためには修士号が求められることが多いので、まずは修士号を取るために、ロンドンの大学院に行くことにしました。会社を辞めてから進学までの間に、カンボジアの医療系NGOでインターンをして、地方にある病院の運営をサポートする活動も行いました。大学院では開発学を専攻し、理論やケーススタディを通して、国や人々が貧困を克服して、健康で豊かな社会を築いていくプロセスを学びました。もともと保健医療分野への関心が強かったので、グローバルヘルスの授業を履修したり、修士論文は貧困層を中心に蔓延する「顧みられない熱帯病」に焦点を当てました。こうした病気は、製薬会社にとって市場規模が小さく、またCOVID-19などと違って、基本的な衛生環境が整った先進国には影響を与えないため、注目が集まらず十分な対策が取られてこなかった経緯があります。
大学院修了後は、フィジーの世界保健機関(WHO)のインターンとして、太平洋島嶼国における医療従事者の移民問題や、他の保健システム強化に関するリサーチを行いました。その後、日本の国際NGOでバングラデシュに駐在し、ロヒンギャ難民とホストコミュニティへの支援に携わりました。母子保健や性と生殖に関する健康のプロジェクトを実施し、難民キャンプ内で診療所を運営したり、妊婦健診や産後健診、出産などの母子保健に関する啓発活動を行いました。しかし、COVID-19の感染拡大で退避を余儀なくされ、その後は日本国内からリモートで現地スタッフと連絡を取りながら活動を継続しました。NGOの活動は裨益者との距離が近く、とても好きだったのですが、持続可能性を考えたときには国や自治体の保健システムが適切に機能することが必須であり、政策レベルでこのような課題に取り組んでみたいと思うようになりました。そして、JPO試験に合格し、UNICEFウガンダ事務所に赴任しました。
JPOとしてウガンダで働く中で、仕事にやりがいを感じたり、面白いと感じる瞬間はどのような時ですか?また、難しいと感じることはありますか?
国際機関は、国レベルや政策レベルでの仕事が多く、人々に与えるインパクトの大きさは魅力であると同時に、責任の重さも感じています。保健制度に関する仕事では、国や地方自治体と協力をして仕事を進めるのですが、関係者との調整やプロセスにはとても時間がかかり、すぐに成果が出るものでありません。そういう点では難しさを感じることもありますが、将来の子どもたちの健康につながると信じて活動しています。支援現場の視察に行くと、UNICEFの支援がどのように役立てられ、どういった課題があるのかがはっきりと見えるので、これが一番面白い瞬間かもしれません。UNICEFが支援をしている病院の新生児集中治療室で小さな赤ちゃんを見たときには、この子たちのために私たちは仕事をしているのだと、気が引き締まる思いでした。
UNICEFウガンダのカンパラ事務所では約150名の職員が働いています。NGO時代にバングラデシュで働いていた際は少人数のチームだったため、方針の策定が行いやすく、私個人の権限も大きかったように思います。今は規模が大きい分、変えたいことがあっても時間がかかったり、上司を通したりというプロセスが多くあることは感じています。また、オフィスには経験豊富なスタッフがたくさんいる中で、ジュニアレベルのスタッフとしてどのような貢献ができるのか、日々模索しています。
どのような子ども時代、学生時代を過ごしていましたか?
初めて海外に行ったのは中学生のときで、当時住んでいた自治体の姉妹都市があるオーストラリアで1週間ホームステイをしました。非常に大きなカルチャーショックを受けたことを覚えています。大学では、たまたま友人から国際協力や地域研究を行うコースの話を聞き、試しに授業を受けてみたところ、興味が湧いてそのコースを専攻することにしました。在学中にスタディツアーに参加して東南アジアのスラムや国際機関を訪れ、現地での体験を通して異文化への関心がより深まりました。大学時代には、日本の国際NGOでインターンもしましたが、その時はまだ、国際機関での勤務は具体的には考えていなかったですね。
当時は国際協力の仕事はあまりお給料をもらえるイメージが無かったため、大学卒業後、まずは一般企業で働いて奨学金を返そうと考えていました。そして、どうせなら社会貢献度の高い仕事をしたいと思い、医療機器メーカーに就職しました。企業の社会貢献に注目が集まり始めていたこともビジネスの世界に入ることを決めた理由の一つです。今振り返ると、本当はもっと色々な選択肢があったようにも思いますが、私は民間企業からキャリアをスタートして良かったと思っています。
民間企業で身に付けたスキルや経験が今の仕事で活きていると思ったことはありますか?
営業職としての経験は、今の仕事にも活きています。例えば、病院で新しく製品を採用する際は、医師や看護師、医療技師などの関係者から同意を得て、事務的な手続きを行い、実際に病院に製品を納入する代理店と価格交渉をし、製品の導入前には医療従事者に使用方法のトレーニングをするといったプロセスを経る必要があります。そうした一連の業務を通じて、調整や根回し、段取りの重要性を学びました。営業なので日々人と関わることが多く、元々社交的な方ではないのですが、仕事を通して度胸が付いたと思います。現在の仕事も内部・外部の色々な人と話して物事を進めていくので、営業の経験が役立っています。
新卒で日本の企業に入ると、多くの研修を受けることができます。私の場合は、ビジネスマナーをはじめ、日本の医療制度や法律、医薬品、生体のしくみなど、保健医療の知識を勉強させてもらいました。このような知識は、現在保健分野の仕事をする中で役立っています。
最後に、営業の先輩から学んだのは、ニーズを的確に把握することです。例えば製品を使ってもらえない時、お客さんから聞く理由と、実際の理由は別の所にあったりします。人の意思決定プロセスの複雑さを理解し、表に出てこない理由を探る大切さを学びました。
UNICEFで働きたいと考えている、日本の若者に向けたメッセージをお願いします。
色々な人に話を聞いてみることをお勧めします。一言でUNICEFといっても色々な仕事があって、私は保健の仕事を担当していますが、教育の専門家もいれば、物資供給の専門家、財務の専門家もいます。本当に多様な職種があるので、興味のある職種の人に話を聞いてみることが大切だと思います。自分に必要なスキルや経験を知るうえでも役に立ちますし、仕事を始めてからのギャップもなくなると思います。私自身、JPO応募前、そしてUNICEFで働き始めてからも、UNICEF職員に限らず色々な方に相談に乗ってもらいました。
UNICEFや国連で働くことに関して、雇用形態などへの不安やリスクを感じる方もいると思います。しかし個人的には、どんなところで働いていても人生がプラン通りにいくとは限りませんし、今持っている関心に従ってみるのも良いのかなと思います。私自身は、やらないで後悔するよりはやってみようと考えた結果、今のキャリアにたどりついています。特に今はJPO制度など、最初の一歩を支援する制度もあります。私が進路に迷っている時にいただいた言葉で今も大事にしているのが、「どの選択肢が正解かではなくて、自分の選択を正解にできるように努力することが大切だ」という言葉です。そして、たとえ失敗したとしても常に他の道もあるとポジティブに考えるようにしています。
UNICEFや国際機関に興味を持たれている方の中には、実際に途上国に行ってみたいと考えている方も多いと思います。現在はCOVID-19の影響でそうした機会が限られていますが、日本にいてもUNICEF東京事務所や日本ユニセフ協会のインターンなどで経験を積むこともできます。大変な時期でも悲観せず、いろんな方法を探してみると良いと思います。日々の生活の中で、自分と違う立場の人に思いを馳せてみるだけでも、意味があるのではないでしょうか。
インタビュー後記(インターン 安達正之介)
小学生の頃から持たれていた夢を実現された植村さんの、目の前の仕事に対して全力で向き合う姿勢に感銘を受けると同時に、どんな経験も決して無駄にはならないということを改めて実感することができました。保健医療という一貫した分野で、前職の民間での経験を活かしてUNICEFでJPOとして活躍されている植村さんのお話は、多くの人に挑戦する勇気を与えてくれると思います。