第101回 マラウイ事務所 稲垣日菜子
保健担当官
国内の大学で看護医療を専攻し、卒業後に外務省での勤務を経て英国の大学院へ進学。修了後、UNICEFマラウイ事務所でのインターンシップ、国際協力機構(JICA)での勤務を経て、2025年よりJPO制度を通じて現職。
現在、どのような仕事をしていますか?
UNICEFマラウイ事務所で、保健担当官として主に母子保健に関わる業務に携わっています。マラウイはアフリカ南東部に位置する自然豊かな国ですが、農村部を中心に水や電気などの基礎インフラや保健サービスへのアクセスが十分でない地域も多く、洪水や干ばつなど気候変動による影響に加え、コレラ、麻疹、ポリオなどの感染症の流行や栄養不良が重なる「複合的な危機」に直面しています。
母子保健をはじめとする多くの保健課題を抱えており、マラウイ統計局の2024年のデータでは、妊産婦死亡率は出生10万人あたり224人、新生児死亡率は出生1,000人あたり24人、5歳未満児死亡率は出生1,000人あたり48人とされています。近年改善傾向にはあるものの、持続可能な開発目標(SDGs)のゴール3が目指す指標との間には依然として大きな隔たりがあります。
このような課題に対応するため、現在主に二つの業務を担当しています。一つ目は、妊産婦と新生児の予防可能な死亡の削減に向けた母子保健サービスの強化です。妊産婦及び新生児死亡の多くは、質の高い保健サービスによって予防または治療が可能なものです。そのため、妊産婦と新生児が適切なタイミングで必要なケアを受けられるよう、保健省の主導のもと、保健システムの強化を基盤としながらケアの質の改善に向けた支援を行っています。具体的には、保健員の能力強化や、医療機材の供給、分娩室や新生児室の改修、照会体制の強化などを支援しています。また、保健省の主導のもと、WHOやUNFPA等と連携しながら、母子保健に関する行動計画などの政策や制度改善に向けた議論や調整も支援しています。
二つ目は、日本政府の資金協力を受けた、麻疹の流行及び重度の急性栄養不良への対応のための保健・栄養・水と衛生分野を組み合わせた支援事業です。予防接種におけるアウトリーチ活動や戸別訪問の機会を活用し、感染症対策や栄養改善に向けて、子どもたちや家族に必要な複数のサービスを一度に包括的に届けられるよう支援しています。農村部の遠隔地では保健サービスへのアクセスが限られているため、このような統合的なアプローチにより、最も脆弱な状況に置かれた子どもたちに必要なサービスを届けることを重視しています。私は主に保健分野を担当し、保健省や県保健事務所と協働しながら予防接種事業の計画・実施を支援しています。同時に、保健・栄養・水と衛生の三つの分野による統合的サービスを効果的に提供するため、UNICEF内の部署間及び政府との連携の強化や調整も行っています。この事業には提案書の作成から携わっており、構想した取り組みが実際に現場で実施され、子どもたちにサービスとして届いていく過程を見届けられることに、この仕事の大きな魅力を感じています。
これらに加えて、今年はポリオの流行への緊急対応にも携わりました。ポリオは小児麻痺とも呼ばれる感染症であり、感染力が強く、主に5歳未満の子どもに発症がみられますが、ワクチン未接種であれば年齢を問わず感染する可能性があります。マラウイでは2026年1月にワクチン由来ポリオウイルスの流行が確認され、保健省主導のもと全国規模のポリオ予防接種キャンペーンが複数回実施されました。その中で、私は各県での実施状況のモニタリング及び現場への技術的助言を支援しました。
これまでのキャリアと、UNICEFで働こうと思ったきっかけについて教えてください。
今のキャリアを選んだ原点は、家族の経験にあります。小学生の頃、弟の誕生までの過程を間近で見守る中で、命の誕生がどれほど尊く奇跡的で、決して当たり前ではないことを実感したことで、将来は子どもたちの命や健康を支える仕事に携わりたいと考えるようになりました。
その後、中学生の頃に開発途上国で活動していた方の講演を聞き、日本では予防できる原因で世界では多くの子どもたちが命を落としている現実を知り、大きな衝撃を受けました。基本的な保健サービスへのアクセスの有無によって子どもたちの生存や健康に大きな格差が生じていることに問題意識を持ち、生まれた場所によって子どもたちの命や未来が左右される状況を少しでも変えたいと考えるようになりました。高校生の時にはカンボジアのスタディツアーを通じて孤児院などを訪れた際、困難な環境においても明るい笑顔を絶やさない子どもたちの姿に心を打たれ、この笑顔を守るために、途上国の子どもたちの健康を支える国際協力の道に進みたいという思いが明確になりました。
大学では看護医療を専攻しながら、国際保健や国際開発について並行して学ぶためにキャンパスをまたいで他学部の授業を履修し、大学やNGOのプログラムを通じてラオスや東ティモールを訪れた他、国連機関やNGO、外務省などでのインターンを経験しました。卒業後は外務省の国際保健政策室にてキャリアをスタートし、国際保健分野における多国間協力や政策形成などについて学びました。その後、英国の大学院に進学して国際保健・開発学を学び、2022年に日本ユニセフ協会が実施する海外インターン派遣事業を通じて、UNICEFマラウイ事務所でインターンシップを経験しました。そこで、コミュニティから国レベルまで一貫して子どもたちの健康を支えるための取り組みが行われていることを学び、UNICEFのアプローチに大きな魅力を感じ、こうした取り組みに自分も貢献したいと考えるようになりました。その後、JICAの人間開発部にて二国間協力での保健分野における事業形成や実施管理などについて学び、2025年にジュニア・プロフェッショナル・オフィサー (JPO)としてUNICEFマラウイ事務所に赴任しました。
現場で働くなかで感じる難しさや、やりがいについて教えてください。
難しさの一つは、保健・栄養・水と衛生といった異なる分野の連携を強化しながら一つの統合的な事業として機能させることです。UNICEF内でも政府側でも担当部署が分かれており、それぞれ異なる予算や計画のもとで動いているため、多様な関係者と調整しながら分野横断的な取り組みを形にする必要があり、具体的な成果が見えるまでに時間がかかることも多く、難しさを感じる時もあります。同時に、関係者との対話を重ねる中で少しずつ連携が進み、実際に形になっていくのが見え始めるなど、小さな変化の積み重ねを実感できることにやりがいを感じています。
また、常に「子どもにとって何が最善か」を第一に考えながら仕事に全力を注げることに、大きなやりがいを感じています。特にUNICEFの国事務所では、現場と政策の両面から子どもたちの支援に関われることが醍醐味の一つだと思います。数字や報告書から得られる知見に加えて、現場でしか見えない実情もあるため、できる限り現場に足を運び、自分の目で状況を確認し、子どもたちやお母さんたち、保健員の声を聞くことを大切にしています。現場の一人の子どもから見えた課題を事業の改善や国の政策につなげることで、より多くの子どもたちのための仕組みづくりへと発展させ、より多くの子どもたちに持続的な変化をもたらせる可能性があることに、この仕事のやりがいを感じています。
「この仕事をしていてよかった」と感じた出来事などがあれば教えてください。
現場で子どもたちや家族の姿に直接触れ、自分たちの仕事がその命や健康につながっていることを実感できた時です。特に、初めてポリオの予防接種キャンペーンで遠隔地の村を訪れた時のことが、強く印象に残っています。現場では、地域保健員が朝早くからワクチン保冷箱を背負い炎天下の中で何十キロもの距離を歩き、休むことなく一軒一軒家庭を訪ねて子どもたちにワクチンを届けていました。「すべての子どもにワクチンを届ける」という強い使命感を持って活動する懸命な姿に、深く心を打たれました。また現場では、これまで一度も予防接種を受けたことがない子どもに出会うこともあり、最後の一人まで確実にワクチンを届けることの重要性を実感しました。さまざまな要因によってサービスから取り残されていた子どもが無事に接種を受け、終わった後に明るい笑顔で走り回る姿や、お母さんの安心した表情を見た時、誰一人取り残さず「すべての子どもたちのために」というUNICEFの使命の意義を現場で改めて実感した瞬間でもありました。
母子保健の現場でも、保健センターの限られた資源の中で、保健員が懸命に妊産婦と新生児を支えています。ある保健センターにて、保健員へ聞き取り調査を行っていたところ、産気づいた妊婦さんが来所しました。その保健員はすぐに分娩介助に向かい、私たちは外で待機していたのですが、しばらくして分娩室から聞こえてきた赤ちゃんの元気な産声が強く印象に残っています。その瞬間、日々の会議や事業計画の策定など一見すると現場から遠く感じられる業務も、一人ひとりの子どもの命と健康につながっているのだと実感しました。
こうした現場で見えた課題を保健省やパートナー団体と共有しながら政策や制度の改善につなげていくことがUNICEFの重要な役割の一つだと考えています。現場で得た学びを日々の業務に生かしながらより多くの子どもたちが必要な保健サービスを受けられるよう支援できることに、この仕事の大きな意義を感じています。
UNICEFや国連で働くことに関心のある若い世代へのメッセージをお願いします。
私自身まだキャリアの途中であり、日々周りの皆様から学ばせていただいている立場ですが、もし一つお伝えできることがあるとすれば、自分が情熱を持って取り組めることを、ぜひ大切にしていただきたいということです。その情熱があれば、困難な場面でも学び続ける力や前に進む原動力になるのではないかと感じています。私の場合は、「世界の子どもたちの命と健康を支える仕事に携わりたい」という強い思いが、進路やキャリアを考える上での大切な軸になりました。UNICEFや国連では、さまざまなバックグラウンドを持つ人が、それぞれの専門性を生かして働いているので、「国連で働くにはこうでなければならない」という正解はなく、自分が何に関心を持ち、何に情熱を注げるのかが大切な道しるべとなると思います。
また、関心のあることについては諦めずにぜひ積極的に挑戦していただきたいと思います。私自身、これまでの道のりは決して順調なことばかりではなく、何度も悩み試行錯誤を重ねながら、自分なりの目標や情熱を大切にしてさまざまな機会に挑戦してきました。振り返ると、その一つひとつの経験が今につながっていると思います。学び続ける姿勢を持ち、それぞれの機会に真摯に向き合いながら全力で取り組み、一歩ずつ積み重ねていけば、思いがけない形で道が開けることもあるのではないかと思います。いつか世界のどこかで、同じ志を持つ皆様と一緒に働ける日を楽しみにしています。