第61回 中東・北アフリカ地域事務所 西本敦子
教育事業モニタリング専門官
大学卒業後、民間企業で勤務し、米国の大学院で国際開発修士号取得。JPO制度を通じてUNRWAレバノン事務所に派遣。国際NGOを経て、UNICEFシリア事務所、リビア事務所に勤務。2020年より現職。
現在、どのような仕事をしていますか。
ヨルダンの首都アンマンに拠点を置き、中東や北アフリカの様々な国と地域を管轄している、UNICEF中東・北アフリカ地域事務所に所属しています。私は現在、紛争や自然災害などの緊急下の教育支援に特化した『教育を後回しにはできない基金』の資金援助のもと、UNICEFがシリアで実施している教育事業のモニタリングと報告を担当しています。
計画どおりに教育支援が行きわたっているか、最も支援を必要としている子どもたちと家族に支援が届いているのか、支援がどのように裨益者に届けられ、どのような活動が効果的なのか、データを集めて分析するのがモニタリングの仕事です。活動がうまくいっているかを計測するためのプログラム指標が数十個あり、その指標に基づいてデータを取りながら、事業の進捗状況を確認しています。さらに、公平さを意識しながらデータを収集し、裨益者の男女比が偏っていないか、複数の集団がいる中で一定の集団に支援が偏っていないか、障がいを持つ子どもたちにも支援が届いているか、また、公平な支援を実施するためにどんな工夫がされているのか等、分析しています。
ヨルダンの首都アンマンを拠点に、業務は全て、メールやビデオ通話、チャット等を使用してリモートで行っています。なぜヨルダンでシリアに関する業務を担当しているのか、ということを疑問に思うかもしれません。シリアはすでに10年以上も紛争の影響を受けていますが、UNICEFはシリア国内に事務所を設けて現場で活動を行っており、治安が問題というわけではありません。私たちのチームがヨルダンの地域事務所から仕事をしているのは、シリア国内の全ての地域に、一貫性のある協調した人道支援、教育支援を行うためです。
2011年に始まったシリア危機により、同国はシリア政府が統治する地域や、クルド勢力、反政府武装勢力などが支配する地域など、様々な地域に分断されている状態にあります。そのような中でも、UNICEFは、政治的背景などに関わらず、最も支援を必要としている子どもたちや家族のもとに支援を届ける国連機関です。シリア政府が統治する地域へは首都ダマスカスから支援を届け、シリア政府が支援を届けにくい場所、特にシリア北西部には、越境支援に関する国連の決議をもとにトルコ経由で支援を届けています。私たちが『教育を後回しにはできない基金』を受けて実施しているシリア教育事業も、シリア事務所経由と、反政府支配地域を対象としたトルコ経由の二手で支援しています。
これまでのキャリアやUNICEFを目指そうと思ったきっかけを教えてください。
実は最初からUNICEFを目指していたというわけではなく、UNICEFにたどり着くまで他の国連機関や国際NGOでも勤務しました。そもそも国際協力でのキャリア、具体的には紛争国や緊急下における教育支援のキャリアを目指そうと思ったのは、日本のNGOの現地調整員として、2007年にヨルダンで携わったイラク人難民を対象とした教育支援がきっかけでした。イラクの紛争から逃れてきた子どもたちに接し背景を知ることで、生まれた場所が異なるだけで、どうしてこんなに子どもたちの置かれる環境が異なるのか、どうして教育を受けることもままならない状況に置かれてしまうのか、と不条理を感じ、何か自分にできないかという思いを抱きました。
その後、JPO(ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー)制度のもと、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)に勤め、レバノンにおけるパレスチナ難民を対象とした教育事業の評価や計画に従事しました。JPO終了後、国際NGOを経て、2015年よりUNICEFに勤務しています。この10年以上、紛争で教育を受けられない子どもたち、紛争の影響で質の良い教育を受けることのできない子どもたちを見てきました。
UNICEFを目指すようになった理由は、現場に強い機関だからです。UNICEFは現場主義の国連機関だとよく言われるのですが、紛争国にも事務所があり、一つの国の中でも首都だけではなく、地方に拠点を置く現場事務所があり、緊急下で支援を迅速に展開できるという強みがあります。そのため、紛争から逃れる子どもや家族の状況などの把握もすぐに行うことができます。
私は、このように受益者に近いところで仕事をすることに魅力を感じています。現地の人々の声を聞き、どのようにその声を支援活動に反映させ、どのように難しい状況下で最善の支援を行うかを考えながら活動することに、やりがいを感じています。つまり、子どもたちやその家族の代弁者です。
また、UNICEFは緊急事態下で迅速かつ円滑な人道支援を届けるため、教育分野のクラスターリードとして、緊急下の教育分野の支援活動における調整役として政府機関、国際NGO、現地NGOをまとめています。このように、UNICEFが紛争下の教育に力を入れていることにも魅力を感じ、現在の仕事に就きました。
国際協力の分野で仕事をしていくにあたって、心がけてきたことはありますか。
大きく分けて三つあります。一つ目はUNICEFの使命です。UNICEFは、「子どもの権利の実現」という、とても明確な使命を持っています。これまで子どもの権利を推進する国際NGOなどで働いてきましたが、どの団体で仕事をするにおいても、最終的には子どもたちの権利を最優先に考えて行動するという理念にたどり着きます。特に国連の一部であるUNICEFでは、国連の複数の機関との調整業務もあれば、政府機関との調整業務もあり、調整過程に時間や努力を要したりすることが多々あります。そんな中、様々な問題に直面することがありますし、持久力が必要になりますが、私は子どもの権利を推進するために働いているのだ、という自分の原点を思い出しながら仕事しています。そして、子どもの中でも、UNICEFが支援を届けるべき対象は、最も厳しい状況に置かれている子どもたちであることを忘れてはなりません。
二つ目は、受益者の参画やパートナーの主体性を大切にするということです。UNICEFは政府やNGOなどのパートナー団体と事業を行うことが多く、例えばシリアでは、UNICEFが直接現場での支援を実施することは多くありません。UNICEFはより効果的、効率的に支援を提供するため、現地のパートナー団体と手を携え、それぞれの強みを生かしながら活動を展開しています。UNICEFは、現場のニーズが満たされ、国連の支援を必要としなくなった場合、ゆくゆくはその地域での活動を終える立場にあります。現地の状況やニーズの把握から事業の計画、経過観察、評価に至るまで、パートナーと一緒に支援を展開していくことにより、長期的な視点でパートナーの能力強化につながるよう、丁寧にプロセスを進めることを心がけています。
三つ目は、紛争地で働く上で、平和構築的な視点、つまり紛争に対して敏感な視点を持つことです。「Do no harm (害悪を及ぼさない)原則」とも言えると思いますが、人々の安全、尊厳、権利の保障を高め、人々を危険にさらさない、ということです。例えば、業務を行うにあたって、紛争にどのような当事者が絡んでいて、各当事者がその国の教育システムや支援活動にどのような影響を与えているのか、という分析が必要です。様々な当事者が関わる状況下で子どもたちに支援を提供するには、私たちの支援が害を与えることがないように、いろいろな配慮を行う必要があります。
教科書の配布を例に挙げると、日本では就学年齢にあたる子どもは誰もが教科書を持っていて当然のことと思いますが、紛争地ではすべての子どもに公平に教科書を配れないということもあります。それは、政府にすべての子どもに教科書を無料配布する財政的余裕がないという理由も考えられますが、反政府側が政府が作った教科書は政府寄りの教科書であると判断され、その配布を阻止することが目的なのかもしれません。実際に起きたことではありませんが、私たちが支援だと思って配ったものでも、それを受け取った子ども、家族、学校関係者などの受益者がひどい扱いを受ける可能性もあるかもしれません。そのため、短期的にはある地域では教科書の配布を控えるとか、長期的には教科書の内容を少しでも中立的なものにするよう政府に提唱したり教科書の改訂にかかる支援を行うなどの配慮が必要となります。日本では深く考えないことかもしれませんが、紛争下で事業を行う際は、そのような分析や配慮を忘れないようにしています。
これまでに特に印象に残った出来事を教えてください。
2015年から2018年までシリア北東部のカーミシュリー現場事務所に勤務していましたが、そこでの勤務経験は、今でも非常に印象に残っています。首都ダマスカスや他主要都市からも地理的にだいぶ離れており、むしろイラクやトルコに近く、シリア国内でもかなり特有な背景を抱えていました。
2016年から2017年にシリア北東部にあるラッカ県、デリゾール県、ハサケ県の3県で複数の軍事作戦が行われたことで、数十万人の子どもたちや家族が自宅からの避難を余儀なくされ、これらの県の広範囲で数多くの避難民キャンプができました。さらには、隣国のイラク北部でも同時期に軍事作戦があり、イラク難民の流入もあったため、イラク難民の子どもたちが身を寄せる難民キャンプで教育支援を拡大する必要もありました。一つの避難民キャンプに行くのに片道2時間も3時間もかかり大変でしたが、ほとんどのキャンプに学校を含む基礎サービスが皆無で、一から全てを始めなくてはならないという非常に厳しい環境でした。
そのような中、UNICEFは迅速な支援が必要となる、水、保健、栄養、子どもの保護の支援を実施しました。また、教育分野においては、まず避難してきた子どもたちの人数や必要となる支援規模の分析を行い、子どもたちに初等中等教育レベルの非公式教育を提供しました。安全な場所に仮設のテント教室を立てて、学校経営に必要な人材を雇用し、研修を行うところから始まりました。子どもたちは、それまで数年間も学校に通うことができておらず、読み書きができない子どもが大半で、問題は深刻でした。
このような大規模な人道や教育ニーズに迅速に対処するため、パートナーとの連携が不可欠でした。UNICEFの教育以外を担当する他の部署との連携はもちろんのこと、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)や国連人道問題調整事務所(OCHA)などの他の機関とも協力し、部署や組織を超えたチームワークで、この時を乗り越えることができたと思います。
しかし、長期的に見て一つ大きな課題がありました。政府支配地域以外の地域における義務教育修了証や卒業証の問題です。UNICEFが提供する非公式教育は、紛争や災害などによって一時的に正規の学校で教育を受けることのできない子どもたちに対し、継続して学ぶための機会を提供する重要な支援ですが、国際機関は正式な卒業証書を与える立場にありません。義務教育の修了や学位取得は、各国政府が認証するものだからです。そのため、非公式教育を受けた子どもは読み書きなど基礎的な学力を習得することができたとしても、卒業証がないので、今後国外に避難した場合や、国内で正規教育を続けたいと思っても、学校を卒業したという証明を出すことができず、再就学にあたって困難に直面するのです。
それはUNICEFという国連の一組織を超えた課題で、すぐに解決できる問題ではないのですが、子どもたちや家族の声を聞くと、彼らにとって最優先課題であることは明らかです。「私たちの将来はない。子どもたちの将来はない。なぜなら、学校に行ったとしても、卒業証がもらえず、誰も学校に行ったことを認めてくれないから。」という訴えを多くの家族から聞きました。シリア危機開始から12年、この期間に反政府支配地域で教育を受けた子どもたち、UNICEFなどの教育支援機関が行う非公式教育プログラムを通じて教育を受けた子どもたちはたくさんいると思いますが、卒業証をもらえていません。日本で言えば、12年とは、子どもたちが小中高等教育を終える期間です。それはすごく深刻な問題として印象に残りました。シリア国内で数年にわたり繰り返し現地の人々の声を聞いて、非常に心苦しかったです。どうにかしないといけないと思う反面、すぐに解決する方法がないというジレンマがあります。
UNICEFで働くことを目指す学生や社会人へのメッセージをお願いします。
UNICEFを含む国際機関は、大学を卒業してすぐに働けるところではなく、即戦力や経験があって初めて雇ってもらえる厳しい世界です。まずは自分は何がしたいのか、自分には何が一番向いているかを考えながら、世界に貢献できる確固たるものや専門性を磨いていくことに専念し、UNICEFの活動と重なるチャンスがあれば、というぐらいの姿勢で最初はいいのかなと思います。色々な活動をして、UNICEFでなくても、UNICEFとパートナーシップを組んでいる国際NGOなどで経験を積む道もあります。民間企業でも重なる職種はあるかと思います。私は他の国連機関でJPO制度を経験していますし、JPOを終えて国際NGOで数年勤務してからUNICEFで働き始めました。すぐに自分が貢献できることを見つけることは大変だと思いますが、焦らず一つ一つ経験して、遠回りになってもいいと思うくらいの余裕を持って、なんでも挑戦していただいたらいいのかなと思います。
インタビュー後記(インターン 清水 春菜)
何年も紛争地の現場で仕事を続けていらっしゃった敦子さんの真剣な眼差しと熱心な説明が印象的でした。また、卒業証をもらえない子どもたちや家族の切実な訴えが衝撃的で、規模の大きな教育の難題とも向き合わなければいけないという想いが伝わってきました。支援が害悪とならないための敦子さんの努力が、的確なシリアの状況分析や細かい配慮の必要性のお話から伺えて、専門性を磨くことの重要さを改めて認識するとともに、紛争地で働く上での覚悟を感じました。