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UNICEF日本人職員インタビュー

 

第20回 ヨルダン事務所 計画・モニタリング・評価チーフ 松田裕美


「モニタリングは一番好きな仕事です。現場で女性や子ども、障がいのある方を中心とした受益者と話をすると、UNICEFの支援が実際に違いをもたらしていることを実感できるからです。彼らが幸せかどうか、また支援をどれほど向上させる必要があるのかなどフィードバックを得て、リアルタイムの情報をプログラム管理者に伝えることもできます。」(ヨルダン事務所 計画・モニタリング・評価チーフ 松田裕美)

2018年11月26日ヨルダン発

キャリア選択の軸となった“女性の権利”に関する関心
大学を卒業後、日本で社会人としてのキャリアをスタートさせたのですが、女性の社会参加の権利について考える機会が多くあり、その結果として国連で働くことを考え始めました。銀行で勤めている際、社内試験の結果如何に関わらず、女性だという理由で海外研修に参加させてもらえなかったことがありました。当時、大多数の女性の間でも昇進の見込める大変な総合職よりも楽な仕事の方が人気という風潮もあり、男性と比べて昇進の機会はおろか、研修に参加できる機会も少なく、長くキャリアを築いていく上での不安を感じていました。そんな時グラミン銀行に関するニュース記事を読んだのです。バングラデシュで創設されたグラミン銀行は、貧困層に対して市場金利で事業資金を融資する(マイクロクレジット)ことで、彼らの生活の質の向上、及び貧困からの脱却を促す活動を行なっていました。少額貸付の仕事が注目を浴びてきた時期で、国連もマイクロクレジットへの支援を拡大していく最中でした。貧しい人でも返済能力があるということ、また貸し付けを通して女性の地位を向上していく仕事があるということに気づかされました。

女性の権利についてもう少し理解を深めたいと思い、ジェンダーと開発の分野でイギリスの大学院に進学しました。大学院で女性の権利をジェンダーという学問を通して体系的に学んだことは大きな収穫でしたが、一方で、ジェンダーだけを独立して学ぶというのは本質を欠いているような気がしました。例えば環境の分野でジェンダーの政策立案をする際も、ただなりふり構わず女性の参加数を増やせばいいというわけではありません。まず環境分野における女性のニーズを模索し、女性の参加を阻害している要因を排除していきながら女性が参加しやすい環境を整えたうえで、長期的に女性の権利を促進していくといった方法をとるべきです。でもこの場合、まず環境学といった他の学問における専門性を身に付けてからジェンダーの活動をするべきだと感じました。この大学院での経験がきっかけで、直接ジェンダー関係の仕事につく代わりに、UNICEFやUN Womenなどで社会開発の仕事を通じて女性の権利の向上に貢献していくという選択に至りました。

こういった背景で、UNICEFやUN Womenなどの機関で働くという志を抱き始めました。

大学院卒業後、JPO制度によりUNICEF中国事務所へ派遣され、マイクロクレジットなどのモニタリングに携わりました。現場に行くことも多く、地方政府関係者や融資を受けている母親の声をとりあげ、記事を書いたりしていました。その後国際機関で広報のポストも頂きましたが、英語を母国語としない私が国際機関の広報分野で長いキャリアを築くには限界があると、同僚からアドバイスを受けたこともあって、断念しました。その後、UNICEFを離れニューヨークにある国連日本政府代表部で行財政の専門調査員として働き始めたものの、再度UNICEFで開発に携わる仕事に戻りたくなり、ポストを探し始めました。その当時偶然、中国事務所勤務時の人事担当官がニューヨーク本部に異動になり相談をもちかけたところ、計画補佐官のポストに応募するよう勧められました。これがきっかけとなり、ジュネーブのUNICEF地域事務所で計画・モニタリング・評価に携わって以降、自分にはこの仕事が適している思い、現在に至るまでこの分野で仕事をしています。

動乱の時期にオフィス一丸となって働いた貴重な経験
これまでで一番大変だった仕事は、UNICEFジンバブエ事務所で、上司が10カ月間不在の時に、全国規模の家計調査を行わなければならなかったときでしょうか。Multiple Indicators Cluster Survey (MICS)と呼ばれる、子どもの保健や栄養、水や衛生に関する情報を全国規模で収集するこの調査は通常1年以上かかりますが、この時は9カ月で終わらせなければなりませんでした。大統領選挙に起因する社会的混乱により国の情勢が悪化し、電気、ガソリン、水、食料といった様々な物資がなくなった状況で子どもたちに何が起きているのかを早急に把握する必要があったためです。当時病院や学校が次々と閉鎖され、一国が静かに崩壊していく様を目のあたりにしました。そんな中、気丈に部署を切り盛りしていてくれたアシスタントが亡くなりました。病院は閉鎖され、救急車も機能していない状況で彼女は交通事故の犠牲になったのです。毎日顔を合わせていた同僚の突然の死はやはり大変なショックでしたが、悲しむ間もなく、大規模な調査を資金繰りを行いながら毎日統計局とやり取りし、何千もの家庭からデータを集めました。時間が取れれば、統計局のスタッフと共に、山奥の家庭まで数時間の道のりを身長計や体重計を持って歩き、データを集めました。そのように一緒に苦労をすることによって、いかに現場の人が大変な思いをしているかを知っておきたいと思ったのです。一番辛かったのは、この調査に関わっている人たち自身が大変な思いをして生活しているのを横目で見ながら、調査を統括している人間として仕事を催促しなければならなかったことですね。この時は体力的にも精神的にもきつかったですが、周囲のスタッフに励まされながら、オフィス一丸となって働いたという意味では貴重な経験だったと思います。

セクションチーフとして
ヨルダン事務所の計画・モニタリング・評価セクションはUNVのフィールド・モニターも含めると全員で15名。すごくいいチームで真面目な若いスタッフが多いですね。ヨルダン事務所における仕事は計画・モニタリング・評価のうち、計画の仕事がほとんどです。各セクションの評価のTerms of Reference (TOR)や報告書の内容をチェックしたり、ヨルダンの計画・国際協力省(Ministry of Planning and international cooperation)とやり取りしたりすることが多いです。比較的大きなオフィスですが、シリア危機が8年目を迎え、資金調達が以前と比べ困難になってきています。まだまだヨルダン国内における貧困の問題やシリア人難民などUNICEFの支援のニーズはあるので、限られた資金で、どのようにしてプログラムの質を落とさずに、子どもへの支援を実施していくかというのが課題だと感じています。

チーフとして心がけていることも幾つかあります。一つはきちんとメールを読んで迅速に返信するということです。当たり前のようなことですが、毎日膨大な数のメールを扱うので結構大変です。自分が若い時に上司からのメールの返信が遅くて対応に困ったことがあるので、心がけていることの一つです。また、チームの中では、適材適所を意識しながら、個人としての適性・強い部分を伸ばせるような仕事分担を意識しています。ヨルダンで一緒に仕事をするのも何かの縁。やはり、チームのひとりひとりに日々やりがいを感じてもらいたいです。あと部署に何か問題が起こった時に国連の一職員として、またチーフとして公平な判断をするということも念頭に置いています。


(ヨルダン事務所 計画・モニタリング・評価チーフ 松田裕美とチームメンバー)


国連で働くことを目指している日本の皆さんへ

国連で働く際に気に留めていただきたいのが、国連での価値と日本での組織での価値が違うということです。例えば、言われたことを真面目に期限通りにこなすという勤勉さや、間違えた時には責任をとって謝る、場をわきまえて沈黙を守るという慎ましさは日本の組織においてはごく自然に求められることです。しかし、国際機関においては、このような日本人としての美徳が場合によっては良く受け止めてもらえないことがあります。

日本人の美徳を維持しながら、国際社会における強みも付加させていく。特に相手の記憶に残るということは国連ではとても大切です。会議で揉めた時に積極的に場をまとめ、双方にとって利益があるような案を提案できる力、つまりリーダーシップですね。欧米式の教育を受けてきた人と比べると、日本人に弱い部分だと思います。ときにはうっかり間違ったことを発言してしまってもいいのです。間違えてしまったら恥ずかしいと思うよりも、とにかく自分の考えを発言して相手の記憶に残るということの方が重要です。国連では、会議で黙っていても、誰も奥ゆかしいなどとは思ってくれません。

国連で仕事をしていくということは、文化や宗教を含め様々なバックグラウンドを持った人と一緒に揉まれながら仕事をしていくということです。また、幼い頃から公の場で発言をすることに慣れている人と、ときには議論を戦わせることにもなります。私自身も国連で働くようになってから変わる必要がありました。日本人としての奥ゆかしさを失わないようにしながら、必要な時は役職の上下関係なく言いたいことはきちんと言うようにしています。

国連で働き始めると、2、3年ごとに次のポストに応募し続けないといけません。ときには自分の資質が否定されたような気になることもあるでしょう。優秀であることも大事ですが、精神的に強くタフであってほしいと思います。うまくいかなくても、気にしないこと。ある意味で鈍感になって、他の誰に何を言われても自分に自信を持って、やりたいことを目指していってほしいと願っています。それから、国連での勤務を始めたら良い相談相手(メンター)を探してください。特に国連に長く勤めている方は、やはり知見の蓄積があります。自分が気づかなかった物事の見方を示してくれることも多いですよ。最後に、あたりまえのことですが、時には肩の力を抜いて楽しんで仕事をしてください。日本人はまじめな人が多いですが常に全力疾走では息が切れてしまいます。難しいことですが、ワークライフバランスを失わないようにしながら仕事をしていくのが国連で長く続けるコツかもしれません。

<ヨルダン事務所 計画・モニタリング・評価チーフ 松田裕美>

1997年ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)制度により、UNICEF中国事務所、(北京)へ派遣され、マイクロクレジットなどの社会開発プログラムのモニタリングに携わる。その後、行財政の専門調査員としてニューヨークの国連代表部で勤務。UNICEFジュネーブ地域事務所、ジンバブエ事務所及びエチオピア事務所にて計画・モニタリング・評価専門官を務める。UNICEFルワンダ事務所で計画・モニタリング・評価チーフを4年務めたのち、現職。

インタビュアー:UNICEFヨルダン事務所 安田奈未(UN University Volunteer)

【参考ページ】

日本人職員インタビュー

日本政府におけるヨルダンのUNICEF支援事業

 

 
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