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UNICEF日本人職員インタビュー

 

第14回 東ティモール事務所 教育チーフ 深水高穂

© UNICEF/ 2012/Jose Tilman de Fatima
UNICEFが支援しているマナトゥトゥ県の小学校のモニタリング ― 教員、PTAのメンバー、UNICEFの同僚と

早稲田大学法学部卒業後、日米教育委員会(フルブライト・プログラム)にてアシスタントとして勤務。米国・スタンフォード教育大学院修士課程(国際比較教育)修了。その後ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)ジャカルタ事務所で3ヶ月のインターンシップを経験。青年海外協力隊の教育プログラムオフィサーとして2年間、グアテマラ共和国・トトニカパン県教育事務所に勤務。20044月からは、ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)としてUNICEFバングラデシュ事務所に勤務後(教育担当官)、2007UNICEFアンゴラ事務所(教育専門官)、2010UNICEFタジキスタン事務所(教育チーフ)を経て、20127月より現職。

教育を専門分野に

大学は法学部に進学し国際取引法を専攻し、卒業後は日米教育委員会(フルブライト・プログラム)でアシスタントとして勤務しました。日米教育委員会は、日米両国政府が日米間における同教育交流計画を実地するための事業を行っている団体です。大学は法学部でしたが、卒業し日米教育委員会で働いた頃には教育を専門分野として大学院に進学したいという気持ちが固まっていました。なぜ教育かというと、教育というものは「人をつくる仕事」であると思うからです。子どもたちが社会貢献ができるようになること、また意義のある社会参加ができるようになるために、教育は絶対に欠かせません。

教育を専門として国際的に活躍することを目指したことで、必然的に国連で働きたいと希望するようになりました。国連で働くためには関連分野での修士号と職務経験が必要でしたから、日米教育委員会を退職し米国・スタンフォード大学大学院に進学し国際比較教育を専攻しました。大学院は夏休みのない一年間のコースで、とても大変でしたが、当時学んだ事はその後の仕事に大きく役立っています。

大学院を卒業後、大学院の先輩の紹介でユネスコ・ジャカルタ事務所の教育課にて3ヵ月間インターンを経験しました。これが初めて途上国の現場経験です。インターン後、その次のステップを考えた時、現地に根付いた経験を積み、その中で自分ができる開発の道を見つけたいと考えました。そこで、青年海外協力隊に応募し合格。2年間、中米のグアテマラ共和国のトトニカパン県教育事務所で教育プログラムオフィサーとして勤務をしました。高地の山奥にある先住民族の村に派遣され、日本政府の支援事業として小学校に本を寄贈してミニライブラリーを設立するプロジェクト終了後のモニタリングと、ミニライブラリーの効果的な活用推進、また県教育事務所の計画・運営能力の向上を目指した活動を行いました。トトニカパン県は、当時初等教育の就学率が約60パーセントと低く、識字率も低い状況でした。スペイン語が公用語であるものの、私が配属された先住民族の村の子どもたちはスペイン語を母国語としないため、スペイン語で指導される授業についていく事が難しいのが現状です。そのため、日本政府が寄贈したスペイン語を使って学校新聞を作るなどの作業を通し、子どもたちの調べる力、想像力、読み書き能力を高める為の支援とフォローアップを行いました。この経験を通して希望していた現地に根付いた経験や知識を身に着けることができ、仕事上での大切な原点となっています。現在は主に政策レベルの仕事に携わる役職ですが、青年海外協力隊時代の現場の経験があるからこそ、現地の状況や裨益者のニーズに合っているのかを常に意識できるのだと思います。

国レベルの政策から行動計画策定まで携わったJPO時代

青年海外協力隊員として勤めながら、大学時代から目指していたJPO試験に合格し、翌年20044月より、200612月まで教育プログラムオフィサーとしてUNICEFバングラデシュ事務所に派遣されました。人口が多くアジアの最貧国に属ずるバングラデシュは、世界から様々な支援が入っており、大きなドナーコミュニティが存在している国です。私は初等教育開発プログラムチームに配属され、特にインクルーシブ教育を担当しました。インクルーシブ教育というと、障がいのある子どもたちへの特別支援教育を想像する人たちも多いのですが、民族的や宗教的なマイノリティの子どもたち、ストリートチルドレンの子どもたち、児童労働に従事している子どもたちなど、様々なマイノリティの子どもたちとっても公平な教育を届けることを目的としています。

私が初めて携わった仕事は、国の教育省と共に、国レベルの教育政策を作成するというものでした。着任した当時はインクルーシブ教育という概念自体バングラデシュではまだ新しかったため、政策レベルの仕事に加え、中央から県レベル、そして学校レベルまで貫く仕組みづくりにまで携わりました。教育省にはインクルーシブ教育に携わる部署がまだなかったので、部署を立ち上げるところからはじめ、人材登用、人材育成、行動計画(アクション・プラン)を策定するところまで行ったのです。行動計画を策定したことにより、次の数年でインクルーシブ教育をどのように実施していくかを示すことができました。一つのコンポーネントを担当させてもらい非常に責任のある仕事に就くことができたので、自信もつきましたし、学ぶことが多いJPO時代でした。

UNICEFアンゴラ事務所で抱えた葛藤と達成感

バングラデシュ事務所での任期を終え、20071月から20106月の3年半に渡り、UNICEFアンゴラ事務所で教育専門官として子どもに優しい学校(Child Friendly School, CFS)の担当をしました。CFSの特徴は子どものニーズと権利を一番に考えることです。学校での教え方を例に挙げると、先生が知識を教え子どもがそれを暗記するという教え方ではなく、先生がファシリテーターとなって子どもたちの想像力やモチベーションをかりたて、学びを促進していきます。他にも、清潔で安全な学校の環境の確保、コミュニティ・保護者・学校の連携強化、子ども主体の学校運営、インクルーシブでジェンダーにも配慮した環境づくり等を行います。

アンゴラはアフリカ諸国の中で産油量一位を誇り、豊富な資源を背景に急激な経済発展を続けているにも拘わらず、いまだに人口の多くが貧困ライン以下の生活をおくっており、5歳未満児の死亡率も世界トップです。私が着任した頃は、紛争後の時代を経て開発に向かっていく移行期でしたが、教育セクターにおいても様々な取り組みを必要としていました。

アンゴラ事務所での勤務で最も達成感を感じたのは、CFSが教育政策の主要戦略として国の教育政策に取り入れられたことです。全く新しい概念であったところから、国がその重要性を認め政策に反映し国の予算をつけるところに行きつくまで2年余りかかりましたが、政策に加え行動計画まで策定することができました。その後、後任の職員から私たちのチームが作った行動計画に則って事業が進められているとの報告を受け、非常に感慨深かったです。

新たなチャレンジ-タジキスタン事務所

20106月から20127月までは、教育チーフとしてUNICEFタジキスタン事務所に勤めました。

旧ソ連国での仕事は、これまで経験してきたどの国での開発の仕事とも全く違いました。他の国々では、国全体を底上げをしようとしてキャパシティビルディングに取り組む仕事をしてきましたが、タジキスタンではソ連時代に教育制度や保健サービスなどのインフラが整っていたにも拘わらず、独立に伴う様々な変化や内戦状態を経たことなどにより開発指標が下がってきている中での仕事でした。

また、同国の成人男性の半数がロシアや旧ソ連の国々へ出稼ぎに行きます。その為、国内の地方の村に行くと、女性や子どもばかりという様子もよく見受けられました。出稼ぎに出て暫くは仕送りもあるのですが、それがなくなった時に生じる問題はこの国独自が抱える深刻な問題となっていました。しかし、国際的なメディアからの注目があまり高くないため、事務所としてはニーズをメディアや国際ドナーなどに対して知らせていくことにも力を入れていました。

アジアで一番新しい国、東ティモール

20127月からは、学生時代から東南アジアに強い関心をもっていたところ、念願の東ティモール事務所での採用が決まり、教育チーフとして現在も同国で勤務しています。東ティモールの教育プログラムには就学前教育(プレスクール)と基礎教育の大きな二つの柱があります。この国では、1割程度の35歳の子どもたちしか就学前教育を受けることができていません。つまり、9割の子どもたちがいきなり小学校に通うことになります。特に東ティモールでは言語の壁もあります。学校ではポルトガル語とテトゥン語が公用語ですが、現地では30以上のローカル言語があり、どちらの言語も母国語にしない子どもたちにとっては、学校教育についていくだけの能力と社会性を身に着けられる就学前教育は、小学校に上がるための大切なステップになるのです。

もう一つの柱は、初等教育のCFS推進です。19年生までが義務教育で、初等教育の就学率は90パーセントと高めなのですが、登録はしていても授業に出てこない子どもや、次の学年に上がれない子どもがいます。学習達成度が低いとドロップアウトにつながりますし、国の教育予算が限られている中、子どもが何年も同じ学年にいることは国の経済的にも好ましくありません。そこで、現在は同国政府と共に教育の質の向上に取り組んでいます。2008年に義務教育の無償化が施行され、それに伴って多くの教師が採用されました。現在は彼らに対してCFSの教員研修を行っています。もともとUNICEFが始めた研修ですが、現在は国の教育戦略の一つとなっており、教育省とともに進めています。

教育省とともにプログラムを推進していく際には様々な工夫を凝らしています。例えば、東ティモールの人々は国への高い誇りを持った人たちです。国際組織で働く私たちが政府に対して政策提言を行うときには、同国の人々の文化や歴史を深く勉強し、現地のニーズや考えに合った提言を行うことを強く意識しています。UNICEFが持つ国際的な知見を、彼らのニーズに合わせていくように工夫をしながら、政府の人たちと話し合いをするようにしています。

UNICEFを目指す方々へメッセージ

是非、若いうちに現場経験を積んで欲しいと思います。私にとっては青年海外協力隊で現場に入れたことがとても良かったと今でも思います。UNICEFは子どもと女性の権利を守るという非常にはっきりしたミッションがある為、プロフェッショナル意識の高い職員が多くいます。その中で働くためには、「これだけはゆずれない」と自負できるものを持つことも大切です。私は教育がもつパワーを信じ、教育の道に進みましたが、周りの同僚を見ていても、自分の信念を持ち、ぶれない人が多いと思います。これからUNICEFを目指す方も、信念をもってぜひチャレンジしてほしいと思います。

 

 

© UNICEF/ 2012/Jose Tilman de Fatima
UNICEFが支援する「子どもにやさしい学校」(Child Friendly School)にて

 

 
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