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UNICEF日本人職員インタビュー

 

第12回 ニューヨーク本部 プログラムオフィサー(子どもの貧困・社会的保護担当) 大久保智夫 【後編】

© Tomoo Okubo
モザンビークの施設で学習指導を行う様子

インタビュー実施日:2015511
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【後半】

UNICEFでは、ハーバードで学んだ経済や統計分析のスキルを活かした仕事に

モザンビークから帰国したあとは、政策レベルで仕事ができるスキルを身につけるためにハーバード大学に留学しました。この時取得した経済学や統計の知識は、卒業後就職したUNICEFネパール事務所の仕事に直接役に立ちました。ネパールでは社会政策と経済分析を担当している部署に配属され、UNICEFがサポートしていた事業の評価や新しい支援分野の開拓を担当する仕事に就きました。

UNICEFをはじめ、開発援助と聞いて真っ先にイメージされることが多いのは井戸を掘ったり食糧を配給したりといった物資やサービスの提供だと思います。一方で直接物資を届けるだけではなく、一歩引いて既存事業の効果を測ったり、より有効な支援方法がないかを探ったりすることは、限られた資源から最大限の効果を出すためには不可欠です。これはハーバードでも学んだことですが、開発援助機関が行ってきた事業の効果を統計の手法を用いてきちんと評価することは開発業界のなかでスタンダードになってきています。また、政策研究の分野では子どもの貧困の状況を調べて政府に報告したり、子どものための支援を拡充するために政府がどのように資金を調達するべきかを提言したりすることもあります。

インパクト評価や政策分析は、政策提言をする際に説得力を高めるツールになります。ただ「乳幼児の栄養状態改善のために現金給付プログラムを実施してほしい」と政府に訴えるだけでなく、そのプログラムがどれだけ効果があり、どこからどの程度予算を組めば実行できるのかまで伝えたほうが確実にアクションにつながります。実際にネパールでは私の上司や同僚が政府と非常に強い信頼関係を築いており、様々な評価や分析の要請がUNICEFに来ていました。

現場で寄り添った支援とはまた違ったやりがいが

ネパールでの仕事は協力隊時代のように現地の児童に寄り添う仕事ではなく、政府に対して働きかける仕事でした。これから派遣されるニューヨーク本部となるとなおさら現場から遠くなります。正直に言うと、直接現地の人と働いて彼らの喜びや悲しみを分かち合えたNGOや協力隊の時の環境が懐かしくなることはあります。それは仕事のとても好きな部分でしたから。一方、様々な国で地元の慣習や力関係を把握してうまくプロジェクトを進めていく優秀な現地の人と会う中で、どうしても外国人として開発に関わることになる自分の役割を考えたときに、僕のできる仕事はUNICEFで見つけた定量分析などをすることだと考えるようにもなりました。現場で変革を起こしている人たちを政策面で支援できたらいいなと思っています。

政策レベルで開発に携わっているからこそ感じられるやりがいも大きいんですよ。例えば、ネパールで僕が関わっていた最大の仕事が、最貧困層の子どもたちと遠隔地の山間部に住んでいる家庭を対象に毎月一定の現金を支給するという、『子ども手当』の事業です。ネパール政府がUNICEFの支援を受けて始めました。僕の仕事は、事業の実施状況に関するデータを分析し、事業の改善や拡大のための提言を作ることです。分析の結果、現行のプログラムではネパールの乳幼児の栄養改善のためには給付の対象範囲と給付額が限られていることが明らかになったので、対象拡大と給付額の増額を提言しました。その財源をどこから捻出したらよいのかという点まで含めて提言書を携え、財務省にプレゼンをしに行きました。そのプレゼンは非常にうまくいき、財務省も事業の重要性を理解してくれて、UNICEFの提言通り事業の拡大をしていきたいと言ってくれたんですよ。

まだ政府内での調整が続いているところですが、もし本当に事業規模を拡大できるのであれば、数十万人の子どもたちに影響を与えることができます。これだけ大きなインパクトがある仕事は、バングラデシュでもモザンビークでもすることができなかった。政策に影響を与えることができれば、これだけ多くの人たちに影響を与えられるんだと思い、プレゼンが終わった後に何とも言いようのない昂揚感でいっぱいになりました。普段はパソコンの数字と向き合っているのがほとんどですが、上司や同僚たちと地道にデータ分析、議論、執筆の作業を繰り返した末に、純粋に結果を喜び合えた瞬間に、この仕事をしていて良かったと心から思いました。

UNICEFニューヨーク本部での仕事に向けて

途上国にいる子どもたちの状況を良くしていきたい、そしてそのために僕の経済や統計分析のスキルを活かしていきたい、という両方の夢をかなえるために、この先も国際機関で働きたいと思って、昨年外務省が実施するJPO派遣制度に応募しました。試験に合格し、今年の6月からUNICEFニューヨーク本部 の子どもの貧困および社会的保護を扱っている部署(Child Poverty and Social Protection)に勤務する予定です(※インタビューは5月実施)。ネパール事務所で行っていたような統計分析等を行う部署ですが、一国を対象とするのではなく、本部では世界中の子どもたちの状況を対象にします。

例えば貧困について、子どもの貧困と大人の貧困が一緒に議論されることがあります。しかし、子どもの貧困は後戻りできない影響を一生与えてしまうことになり、大人の貧困とは区別して考えるべきです。2歳までに栄養不良になるとその後の成長にも影響を与えてしまうというのがいい例ですが、特に05歳の間は死亡率も高く、貧困が及ぼす将来へのダメージが非常に高いということが知られています。また、経済的な貧困だけでなく、貧困を多面的に見ようという動きもあります。子どもが必要としている基本的なニーズを満たしていない状態を貧困ととらえ、基礎的な教育や医療を受けられていなかったり、栄養不良のある子どもたちの状況を把握するため、各国の事務所が分析に取り組んでいます。そうした国事務所の取り組みを助けたり、国事務所の分析結果を集約し世界全体での子どもの状況を俯瞰したりする部署に配属されます。

特に今年は、ミレニアム開発目標(MDGs)からポスト2015開発アジェンダ(SDGs)へと、国際的な開発枠組が変わる節目の年です。SDGsの目標の一つは貧困の撲滅になると言われていますが、その中に子どもの貧困に関する具体的な目標・指標が入るかどうかは、今後の取り組みを形作る中で重要となってきます。僕がこれから配属される部署は、SDGsの中に子どもの貧困という視点が入るように政策提言をしている部署でもあるんです。

社会的保護の分野では、貧しい家庭向けのセーフティネットとして現金給付プログラムなどを拡大することに取り組んでいるのですが、これについても本部では、様々な国の経験を集めて評価し、今後の事業のために分析しまとめて提言を作ったりしています。

今まで現場で見てきたことを教訓に、本部にいても現場のことを想像しながら国事務所の活動をサポートし、子どもの貧困の撲滅や社会的保護に寄与していきたいと思います。また、本部では様々な分野でグローバルに議論を牽引しているような人がたくさんいると思うので、そうした人たちからも仕事のやり方を学べたらと思っています。

 

***最後に、ネパールの地震に際しメッセージをもらいました***

地震の怖さや復興の大変さを知っている日本だからこそ、ネパールへ長期的な支援を

ネパールで地震があった時には、幸い僕は日本に帰国していました。けれど、僕が良く訪れていた建物が崩れている写真を見て、これは大変なことになったなと思いました。特に地方ではインフラがまだまだ整っていない場所が多かったので、被災した方々は今日を生き延びることだけで精一杯な状況なんじゃないかと想像しています。本当に不安だろうし、どうすればよいのか分からず途方に暮れる気分になっているんじゃないでしょうか。それでも、僕の友達は、自分も被災したにも関わらずボランティアを募集し、グループを形成してお寺を立て直そうとしていたりなど、自分たちの手と足を使って国の再建に対してできることをやろうと思い活動しています。

ネパールにいた時から、ネパール人は真面目で勤勉で、家族やコミュニティの絆を大切にする人たちだと思っていました。そういうネパール人が僕は大好きでしたし、尊敬してもいました。今回の震災の後、自分たちで立ち上がろうとしている人たちの姿を見て、強くてかたい絆で結ばれている人たちなんだと改めて感じ、僕の方が励まされました。

UNICEFで働いていた同僚たちも今は緊急支援に携わり、自分たちの家族が被災した中でも一生懸命子どもたちの支援に取り組んでいます。僕もネパールをすでに離れてしまいましたが、遠くからでも支援できることは多くあるし、日本人は地震の怖さを知っているからこそ、できることも多くあるのではないでしょうか。既に日本政府は多くの支援を表明していますが、今後も一人の日本人として復興を支援したいと思います。

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カトマンズでユニセフが共催したイベントにて学生チームをメンター

 

 
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