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UNICEF日本人職員インタビュー

 

第9回 ヨルダン事務所 保健・栄養セクションチーフ 佐藤みどり

© UNICEF/2014/Sato
ヨルダンのシリア難民キャンプにて

インタビュー実施日:2015410

大学卒業後、第一製薬株式会社(現、第一三共)国際企画室に就職。約5年務めたあと、米国ボストン大学にて国際保健修士(MPH)取得。その後、結核予防会結核研究所にて客員研究員、グローバルリンクマネジメント社・JICAコンサルタントを経て、2001年より、ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)としてUNICEFザンビア事務所で保健栄養セクターのアソシエイト・プログラム・オフィサーに着任。マラリア、予防接種、HIVエイズなど多岐にわたる保健課題に携わる。2004年からはUNICEFネパール事務所にてエイズ専門官として勤務し、2006年にロンドン大学博士課程に進学、2008年にネパール保健セクター改革プログラム(DFID)の保健財政コンサルタントに従事。2009年からはUNICEFバングラデシュ事務所にて保健栄養セクターの子どもの生存管理マネージャーに着任。新生児を含めた、子どもの健康に関連する事業全体を管理する。仕事の合間や週末に博士論文執筆を行い、2013年にロンドン大学熱帯医学大学院にて保健政策博士(Dr.PH)を取得。その後、バングラデシュBRAC/結核研究所にてポスドク研究員、米国NPOUNICEF本部等にて保健セクターの政治経済や母子保健政策分析を担当するコンサルタント業務を歴任し、20149月より現職。

いつごろからUNICEFの仕事に興味を持ったのですか?

UNICEFのことは募金活動を通して知っていましたし、中学生の頃から英語を使う仕事がしたいと思っていましたが、まだその頃には具体的に就職先として意識していたわけではありません。教育大学で保健学を専攻しましたが、卒業後は教員にならずに日本の製薬会社に就職しました。第一製薬では国際企画室にて、販売している医薬品を中進国や途上国に販売するマーケティング・販売促進計画策定や、医薬品会社との交渉・契約業務などに携わりました。その時に、製薬団体が日本ではいらなくなった薬を途上国に寄贈する活動にかかわったことがあり、『本当に現地に役に立つ開発事業とはなんだろう?』と考えさせられました。このことがきっかけとなり、国際開発、特に国際保健分野に強い興味を持ち、国際保健について深く学ぶために米国に渡り国際保健修士号を取りました。

修士取得後に就職した結核研究所では、世界保健機関(WHO)と米国疾病管理予防センター(CDC)が行っているエイズ・結核のトレーニングを受けたり、その後のグローバルリンクでのJICA開発調査への関与、コンサルタント・調査業務等を通じて、専門家として活躍する医師の先生方や、コンサルタントの先輩方から、たくさんのご指導を受ける機会がありました。こうした経験を経て、国際保健・開発援助に関する専門性を付けることができ、UNICEFへの仕事を具体的な選択肢として意識するようになりました。

博士号も取り、そして2人のお子さんを育てながら、キャリアアップをどのように実現しているのですか

私は、UNICEFネパール事務所で働いているときに1人目の子どもを、バングラデシュ事務所で働いているときに2人目の子どもを産みました。その間に博士号取得のための研究を行ったりもしていたので、UNICEFには出たり入ったりしていました。住む国や働く場所も、ライフステージに合わせて変わっていますが、夫も学生、コンサルタント、職員として国連や国際NGOなどで働き、難しい時もありますが、なるべく家族は一緒に暮らすようにしています。とはいえ、いつも一緒にいられるわけではないので、私の両親の協力もとても大きいですよ。父は「super nanny」と呼ばれるくらい、イギリス、ヨルダンにもバングラデシュにも駆け付けてくれて、子守をしてくれたりと、いろいろ助けてくれています。

仕事とプライベートのバランスを取るために、まず健康に気を付けています。日本とは全く異なる環境で働いていますから、自分が健康でいることはまずとても大事です。そして、適度に息抜きをすることも必要。私は子どもと一緒に『おかあさんといっしょ』を見たり、日本のテレビドラマを見たりして息抜きをしています。3つ目に大事なことは、仕事の強弱をつけること。若い頃は、とにかく仕事をがむしゃらに頑張ってしまうこともありましたが、今はだいぶ強弱をつけてできるようになりました。

専門について教えてください

保健の分野というと、疫学や統計などの専門を持っている職員も多くいますが、私の専門は、保健政策です。保健政策や保健セクター改革の方向性や政策立案・実施に関するアドバイザリー業務、政策モニタリングから特定の保健政策の実施評価調査を実施することもあります。博士論文は、実際にUNICEF職員のときに深く関わった、ネパールの診療制度改革実施に関する研究をテーマにしました。その後はユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(Universal Health CoverageUHC)に関する保健財政政策分析に関する仕事や、最近ではシリア難民に対する保健財政政策のオプションについて検討しています。保健財政政策実施には、末端の保健施設や保健人材が深く関わるため、保健システム全体の理解、保健政策実施の効果(負の効果も含めて)を事前に深く調査検討する必要があります。

ヨルダン事務所の保健チームについて教えてください

UNICEFヨルダン事務所には、4年ほど前はスタッフが19人しかいなかったのですが、シリア難民への対応のために急拡大し、現在は約120人の職員がいます。ここ数年で急速に拡大しましたし、国際スタッフが緊急支援のために数か月単位で出たり入ったりしているのでチームとして仕事をする難しさがあります。その中で、保健チームは5人の小さなチームで頑張っています。

仕事のやりがい、難しさはなんですか

管理職になるとなかなか現場(フィールド)に出る機会がないので、現場で保健・栄養の事業の成果として子どもの健康が改善しているのを直接感じられた時、やりがいを感じます。例えば、モニタリングをしている時にコミュニティの母親が「子どもが病気にかからなくなったんですよ」という話をしてくれることがあります。もちろん統計のデータとして、子どもたちの栄養や健康の状態が良くなったという数字は確認しているわけですが、それでも生の声を聞くことができたときは、成果をより実感することができてとても嬉しいですね。

また、UNICEFの強みは、ただサービス・デリバリー(事業実施)をするだけでなく、根本的な課題を解決するための保健や社会サービス制度の改革にフィールドの情報を生かしながら当該国や地域の政府と一緒に取り組むことができることです。つまり、意思決定者である政府にアドバイスをする最適の立場にいて、事業から見えてきたデータをそろえ、エビデンス(根拠)を示しながら制度改革を進めていくことができます。まさにここに、私の強みであるフィールド経験と、保健政策立案に関する知識・経験が活きてくると思うので、やりがいを感じます。

ただ、難しいと思うことは、ヨルダンでは緊急援助の現場ではサービス・デリバリー支援に費やす時間が多く、なかなか政策へのアドバイスをするための時間や労力が取れないことでしょうか。週末にデータを分析して、政策へのアドバイスができるようにしたいと思っていますが、自分の求めているアウトプットの質を与えられた環境で求められる期間内に出すことができるか、その調整が非常に難しいと感じています。

現地の支援ニーズについて教えてください

まず支援についてですが、保健・栄養分野では、ヨルダン人・難民に限らずすべての子どもが定期的に必要なすべての予防接種を受けることができるためのシステム作りや、新生児ケア、栄養事業に力を入れています。

日本政府はヨルダンに継続して支援してくださっており、大変感謝しています。現地でも「reliable Japan」(日本は信頼できる)という印象を持たれているんですよ。

いまの支援ニーズについて、人道支援の場合、難民キャンプだと困難な状況や支援の結果が凝縮されたような形になっていて見えやすいのですが、キャンプの外だと見えにくいところがあります。しかし、ヨルダンの場合、中進国とはいえ、絶えず近隣国から難民を受け入れ、今回のシリア難民もその80%がキャンプの外で暮らしています。シリア難民危機は5年目に入り、難民も対応も重要ですが、彼らを受け入れているヨルダン人コミュニティや受け入れ側保健システムへの長期的な支援が必要になっています。大量の難民を継続的に受け入れているため、保健制度を含め社会システム全体がひっ迫しているんです。こうした事態に対応できるように受け入れ側の政府保健システムやコミュニティの回復・復元力(レジリエンス)をつけるための支援が重要になっています。難民キャンプ内での支援だけでなく、これらの支援の必要性もドナー(支援者・日本をはじめとする支援国)の方々にご理解いただけたら嬉しいです。

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