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UNICEF日本人職員インタビュー

 

第1回 ナイジェリア事務所 坂井スオミ

UNICEFナイジェリア事務所_酒井スオミ_インタビュー
© UNICEF/2011/Rikako Iwamoto

浜松医科大学にて医学士、国立公衆衛生院にて修士号。米国ジョンズホプキンズ大学公衆衛生大学院で博士号取得。その後1989年UNICEF中国事務所保健事業担当、1995年マラウィ事務所保健事業担当チーフ。1996年よりニューヨーク本部で保健分野上級顧問として予防接種の政策策定に奔走。2000年から予防接種事業チーフ。その間、GAVI (ワクチンと予防接種のための世界同盟)理事会にてUNICEF代表を務める。2002年ネパール事務所代表、2007年よりカンボジア事務所代表を経て、2008年8月より現職。

UNICEFで働くことになったきっかけを教えてください

漠然と、健康やそのためのサービスには関心がありましたが、具体的になったのは大学5年時のケニアでの経験です。1組の夫婦が小さな男の子を抱えて、真っ暗な中10キロの道のりを歩いて私を訪ねてきました。男の子は大変危険な状態でした。「ここに行けば、何とかしてくれる」ということを聞きつけてきたのでしょう。その姿に感動し、親の愛情はどんなに厳しい環境でも深いものだと改めて思い知らされたのです。そこから国際保健に興味をもち、この道に進みました。

ナイジェリアで、UNICEFが日本政府と協力して行っているプロジェクトはありますか。

ナイジェリア保健省とUNICEFが共同で行っている小児感染症予防対策に対して、日本政府からは10年ほどご協力を頂いています。特に日本政府からはポリオ・ワクチンの供与と、その運搬に必要なコールド・チェーンへの支援を頂いています。
ポリオ・ワクチンの投与は世界中で行われているプロジェクトですが、ナイジェリアは今なお野生株ポリオ・ウィルスの残る4つの国のひとつです。特に2007~2009年にかけてポリオが非常に流行しました。この国では、政府により1~5歳のうちに受けなければならない予防接種が行われますが、さらに上乗せで行う予防接種は外部からの支援が必要で、これを日本政府に支援して頂いています。
また、ワクチンを必要な場所へ適切に届ける、という面でも日本政府からは重要な支援をいただいています。ワクチンの運搬は、アイスクリームを運ぶようなものです。暑いとワクチンは使えなくなってしまいます。そこで、冷蔵庫や冷凍庫から成るコールド・チェーンを使い、常にワクチンを低温状態に保ち運びます。コールド・チェーンは、ポリオのみならず他のワクチンの運搬にも必要不可欠です。

どのような成果が見られるのでしょうか。

こうした支援により、2010年にはポリオは2009年に比べて95%減少しました。これから成果が出る部分もあります。また他方で、ポリオ・ワクチン以外にも、有権者教育や選挙のモニタリング、ビタミンA補給のような母子保健へのサポートなど、栄養不良に関する支援も頂いています。

UNICEFナイジェリア事務所_酒井スオミ
© UNICEF Nigeria office

これまで各地の事務所でお仕事をされていますが、嬉しかったこと、やりがいを感じたエピソードを教えてください。

成果というのはやはり大切ですが、「そのプログラムが大切だと現地の人々に認識されて、広がっていきそうだ」という時は面白いです。たとえば、初めは蔓延する栄養不良についてなぜそういう状況にあるか、何が問題かということがあまり理解されていなかった。けれど、政治指導者たちがその重要性を認識し、自分たちでもっと広げていこう、もっとお金を出して進めていこう、と広がったとき。そのような時は、とてもやりがいを感じます。
また、普通の人たちが自分たちの力と、能力と可能性に自信を持って活動し始めた時は、とても嬉しいですね。たとえば、ナイジェリアの北部の集落で学校運営委員会というのを育んだときのことです。PTAというのは学校にいる親と先生の集まりですが、学校運営委員会というのは親でなくて地域の人たちが選んだ人々と先生たちの集まりです。親に限らず地域の大人が集まるわけですから、自分の子どもだけではなく、もっと広く村全体の子どもに焦点を当てることができるんですね。だから、どういう子どもが学校に来られていないのか、ということも問題提起できるんです。そしてコミュニティ全体で何ができるかを考えてもらうようにするというプロジェクトを行いました。すると、その委員会が委員長と副委員長を選んで、地方自治体の学校運営委員会というのを作ったんです。するとまた、自治体ごとに委員長・副委員長が集まって、州連合の学校委員会を作りました。そして、州政府の教育省のところにやってきて、「教育の政策を作る時には自分たちも加えてほしい。政策を立てる時の委員会に、学校運営委員会の州連合代表を加えてほしい」と頼んだのです。コミュニティの声が州全体の政策を反映できるようにしたい、という思いが出てきたのです。システムは制度として存在していても、必ずしも機能するわけではありません。これまで政策や公の運営に関わることがなかった人たちが、「自分には関わる権利も能力もある」という意識と自信、スキルを持ちシステムが機能するのが見えてきた時、とても嬉しく思います。
それから、工夫することが面白いですね。死亡率を下げるビタミンA補給を、平均8割以上まで伸ばそうという目標があります。いつも15%くらいは受けられない子どもがいるのですが、その子どもはいつも同じような子なのか、それともたまたま今回受けられないだけなのか、その二つは大きな違いです。たまたまであれば90%の達成率でプログラムとしては成功だけれども、いつも同じ地区または同じ家庭の子供たちが排除されていれば成功とはいえない。ですから、半分は新しいエリアを対象にし、もう半分はいつも同じエリアを対象に調査をして状況把握に努めます。工夫することで、公平性を実現し、問題解決に機能する。これもまた面白いことです。

その公平性というのは、UNICEFが強調していることですね。もう少し詳しくお話し頂けますか。

UNICEFはずっと、公平性を考えてきました。たとえば「予防接種率を8割にする」という目標があったとします。8割になるために何をするかといった時、私の夫は「とにかく8割に行くことが重要」と言っていました。しかし私は、最も豊かな2割の人々における予防接種率が9割で、最下層の2割における予防接種率が1割だったら、問題だと思っています。そういうことで、夕食時によくもめていました(笑)。夫は「対象を逆にしても、今度は富裕層の多くが命を落とし、下層の多くが救われるといった構造になる」と言います。でも、それは違うと私は思うのです。うちの子が麻疹にかかった場合と、ナイジェリアの貧しい家庭の子どもが麻疹にかかった場合、死ぬ確率というのは確実にそのナイジェリアの子のほうが高い。もちろん、うちの子が死ぬ可能性が無いわけではないですが、栄養状態だとか、近くに行ける病院があるか無いかなど、予防接種以外にも多くの要因があります。それでは豊かな人たちに対して何もしないのか、というとそういうことではありません。しかしサービスをそこまで持っていくのは難しいから、としばしば後回しにされる最も貧しい人々のところにエネルギーを使わないと、社会全体の死亡率に変化をもたらせないのです。公平性というのは、各層、とくに貧困層や疎外された人たちにもきちんと焦点を当てて初めて実現できるのです。それは決して容易ではありませんけれど、公平性とはそういうことです。

これまでのお仕事の中で大変だったこと、辛いと思われたことはありますか

辛いのは、支援を必要とする子どもたちへのアクセスが無い時ですね。今回、ナイジェリアで暴動がありましたが、アクセスがなく暴動が収まるのを待っている時はとても辛いです。同時に、その後どの段階でゴーサインを出すかは、職員の安全を担う以上、代表として大変ではあります。多くの職員の安全を保ちつつ、アクセスが難しい中でもいかにして仕事ができる状態を作るか。これはとても難しく、迷うことでもあります。

そのように迷ったときはどうされるのですか。

これは普遍的な価値であると世界の人々が国連という場を通して認めた意見に徹します。例えば子供の権利条約はそうした取り決めのひとつです。UNICEFとして発言するときは、その取り決めに基づきます。世界中の人たち皆で合意した基盤に立ているかどうか。迷ったときは、そこに戻るしかないですね。

最近毎日されているお仕事について具体的に教えて下さい。

最近は会議が多いですね。保健省、教育省、メディア、もちろん自分たちの事務所内での会議もあります。今年の末までにはどこまで達成できるかなど、組織内は専門家の集まりですから、色々な人と話をして進めます。職員皆が何を考え何を重要視しているか、彼らから教わることもたくさんあります。
たとえば、保健分野には多方面のことが関係しているんです。保健というものは保健や医療だけでなく、教育、貧しい人たちがサービスを受けられるようになる仕組みだとか、色々なものが全部集まって初めて健康が成り立つんです。医療は必要だけれども、それひとつでは健康は成り立たない。十分条件ではないのです。ですから十分になるために多くのリソースを動かし、全部をトータルで自分が関わって進められる代表の仕事は、非常に面白いですね。中小企業の社長さんみたいです。

坂井さんはご家族を持っていらっしゃいますが、女性としてキャリアを積まれる中で様々なご苦労があったと思います。後輩へのアドバイスがあればお願いします。

それぞれが納得できる答えを見つけていくしかないのでは。まずひとつは、自分と価値観が合う伴侶を見つける運でしょうか。私の場合、夫は私の異動で一緒に動いて、その場で仕事を見つけます。私たちはそのやり方で二人のキャリアを育んできました。自分のキャリアを考える時に二人のキャリアを考えるということが大切でしょう。次にここへ行ってみたいという時、そこに夫に合ううような仕事があるかを考えます。無ければそれだけでそのポストはリストから外します。あとは、やはりお互いを尊重することですね。別々の場所にいてOKという方もいます。色々なパターンがあると思います。難しいですね。でも無理ではない。ありうることです。
UNICEFで教わったのは「女性でありつつリーダーである」ということ。リーダーであっても、自分の女性らしさ、女性としての生き方を失う必要はないのです。

 

インタビュアー 亀山菜々子(UNICEF東京事務所インターン、東京大学大学院修士課程)

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