第66回 マラウイ事務所 上田由理佳
栄養担当官
大学卒業後に管理栄養士資格を取得。卒業後、国内の開発コンサルティング企業で勤務し、米国大学院に進学。食料栄養政策の修士号を取得し、UNICEFマラウイ事務所でのインターンシップを経て、FAOの短期コンサルタントとしてリモート勤務。2022年3月よりJPOとして現職。
現在、どのような仕事をしていますか。
JPO(ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー)制度を通じて、UNICEFマラウイ事務所の栄養担当官として働き始めて2年目になります。私が所属しているマラウイ事務所の栄養部署は、子どもの成長に合わせたライフ・サイクル・アプローチを採用しており、妊娠中の女性と子どもの「乳幼児期」「学童期」「青年期」に対して保健・農業・教育セクターと協力しながら栄養不良を予防する取り組みと、重度の急性栄養不良の早期発見と治療ケアに関する支援を行っています。
今年3月12日、マラウイ南部にサイクロン「フレディ」が襲来して以来は、栄養不良の治療ケアや予防対策分野で、緊急人道支援に携わっています。サイクロンで600人以上が命を失い500人以上が行方不明となっており、65万人以上が避難生活を余儀なくされていました。昨年3月からマラウイ全土でコレラが大流行しており、人道支援が必要となっていましたが、マラウイ南部がサイクロンに見舞われ、さらに多くの支援が必要となりました。私は、UNICEFが主導している栄養分野の緊急支援の一環として、マラウイ政府に対する支援を行っています。今年3月に国家災害管理局(DoDMA)が設置した災害対策本部に派遣され、マラウイの保健省職員と一緒に緊急支援計画の作成に従事しました。
具体的には、マラウイの国家災害管理局が公表した被災人口のデータをもとに、栄養分野で支援対象となることが多い5歳未満の子どもや妊婦・授乳婦の人数を推定し、緊急支援計画に取り入れる優先的な活動の選定や、目標や指標の設定、予算の策定に携わりました。栄養分野における緊急対応では、主に調整担当官と情報マネジメント担当官を中心にチームを組んで活動しており、私は情報マネジメント担当官の業務を担いました。特にデータを用いた計画策定の業務や、緊急支援全般を調整している国連人道問題調整事務所(OCHA)に現地やパートナー団体の活動状況を報告する業務を担っています。また情報管理の一環として、緊急支援計画で設定した目標・指標の達成率や、パートナー団体の活動、栄養事業の進捗状況を載せた外部向けのニュースレターの作成を担当しています。
また、緊急支援事業のために日本政府からいただいている、令和4年度補正予算の調整業務も担当しています。この支援は分野横断的なプロジェクトで、栄養の他に、水と衛生、保健、子どもの保護の部署が関わって事業を進めています。UNICEFのような大きな組織の活動は部署ごとに分割されることが多く、ある地域では栄養の活動、別の地域では水と衛生事業といったように地域によって支援内容が異なることがありますが、この事業は4つの分野における包括的な支援の提供を重視しています。私はその調整役として、事業の立ち上げの際に各部署のUNICEF職員と出張を計画し、対象の県に出向き、各部署の県の担当者とミーティングをして、現地政府と協力しながら分野横断的な支援を提供していけるようにしました。数カ月以内にモニタリング視察を企画する予定です。
通常業務では、特に女性の栄養に関する政策支援を行っています。従来、女性の貧血予防のために鉄分を補給する活動がされてきましたが、色々なエビデンスに基づいた世界保健機関(WHO)の最新の指針では、鉄分と葉酸のみを含む鉄剤(IFA)から、13から15のビタミン・ミネラルが入った微量栄養素複合剤(MMS)の投与に移行することが推奨されています。マラウイでは約32パーセントの妊娠可能年齢女性が貧血と推定されているため、その課題解決のために、現在マラウイの保健サービスでも、鉄剤の投与から微量栄養素複合剤の投与への移行が検討されています。私は保健省栄養局の方々と一緒に、微量栄養素複合剤に関するUNICEFの特別委員会の立ち上げに関わっています。特別委員会では、マラウイの政策や指針などを分析し、どのような情報の更新が必要なのか、また微量栄養素複合剤に移行する場合、現地の保健員や受益者となる女性の微量栄養素複合剤に対する許容度を確認するなど、試験事業を行う予定で、私はその企画を担当することになりました。
これまでのキャリアや、UNICEF栄養担当官を目指そうと思ったきっかけを教えてください。
小学生の頃、アフリカや世界の格差について知るきっかけがあり、その時から漠然と開発途上国の支援に関わりたいと思っていました。高校で進路を決める時期に、国際開発の仕事に興味があることから様々な本を読み、人の話を聞いていく中で、最終的に専門性が重要であると知りました。もともと子どもの栄養不良の問題に関心があるため栄養の専門家になりたいと思い、管理栄養士の資格が取得できる学部のある大学に進学しました。
大学の授業では、開発途上国の課題に直接関わる授業はあまりありませんでしたが、在学中にインターンシップやスタディーツアーに参加したり、開発途上国に行ったりして視野を広げていく中で、この仕事に関わりたいという気持ちが深まりました。国際開発の仕事は修士号が必要となることが多いので、いつか大学院に進学しなければと思いましたが、色々と悩んだ結果、学部卒業後に開発コンサルティング企業に就職し、国際協力機構(JICA)の農業や栄養分野の事業に3年半ほど従事しました。ある程度実務経験を積んだ後に、大学院に進学するため退職し、アメリカの大学院で食料栄養政策の修士号を取得しました。通常、大学院では修士論文を書くことが多いと思いますが、アメリカの大学院の中には、修士論文を書く必要がなく、修了要件がインターンシップの完了である大学院もあり、私の卒業した大学院がまさにそうでした。元々(公財)日本ユニセフ協会が支援してくださっているインターンシップ事業で修了要件を満たす予定でしたが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で派遣が一旦中止になり、食料価格と食料システムに関する研究プロジェクトに携わりました。卒業する時期にちょうどCOVID-19が落ち着いてきていたので、大学院修了後の3カ月間、UNICEFマラウイ事務所の栄養部署でインターンに従事しました。
また、在学中にJPO制度に応募していて、インターンシップ終了後に帰国してから合格を知り、偶然にも外務省からまたマラウイ事務所への派遣を推薦されていました。派遣開始の2022年3月末まで半年近く日本にいる時間があり、自己研鑽を兼ねて語学の勉強をしつつ仕事もしたいと思ったので、国連食糧農業機関(FAO)ローマ本部の短期コンサルタントとして、日本からリモートでグローバルな食品成分表を作る仕事を行いました。仕事をしながらマラウイ事務所に派遣されるまで準備を重ねて、現職に就きました。
UNICEF栄養担当官を目指そうと思った具体的なきっかけは、もともと栄養問題に関心があったところ、就職した先の開発コンサルティング企業が農業に携わっており、栄養問題の解決には食料問題、所得の問題、栄養状態に関わる水と衛生の問題など、様々な課題が関連していると学んだことです。栄養問題の解決には分野横断的なアプローチが必要だと、より一層感じました。UNICEFは、色々な分野で活動を行っており、子どもの栄養不良への対応や子どもの権利の実現を掲げて活動しているので、一番魅力的に感じ、JPO制度を通じてUNICEFに志願しました。
UNICEFの仕事をしていく上で、どのような時にやりがいを感じますか。
UNICEFは国際機関として、国レベルや国際レベルで関わる仕事が多いので、インパクトの大きさと責任の重さを感じています。それが、UNICEFや国連で働く醍醐味であると考えています。さらに、UNICEFは政策レベルにとどまらず、県レベルの関係者と直接関わることがあります。私も、サイクロンの影響を受けた13県のうち2県の栄養担当者と一対一のミーティングを重ね、ニーズに合った支援計画の策定を行っています。このように行政を通じた支援も行いつつ、パートナー団体を通じて行う支援もあります。両支援において、物資の管理、質の高い報告、現地のモニタリングを通じた活動状況の把握を行うUNICEFは、特に重要なミッションを複数任された組織だと思います。国レベルから末端までの活動に携われることをやりがいに感じます。また、実際に支援現場に趣き、UNICEFの支援を通じて実施されている栄養バランスの取れた食事の調理実習の活動や、子どもの治療ケアを実施している保健センターの活動の現場を見たり、その受益者の方々と対面し声を聞いたりする時、意味のある仕事をしていると感じます。
UNICEFでの仕事を通じて、印象に残った出来事について教えていただけますか。
サイクロン「フレディ」の緊急支援の経験が一番印象に残っています。影響を受けた人々のためにマラウイ政府が仮設キャンプを建てたり学校に避難所を設置していたのですが、そのために学校が閉鎖されてしまい、子どもたちの教育機会の喪失が懸念されていました。
緊急支援開始から1カ月ほど経った頃、マラウイ政府が学校の再開を発表しました。その時、私はUNICEFが災害をきっかけに設置した現場事務所に派遣されていた一員として「バック・トゥ・スクール(学校に戻ろう)」キャンペーンに携わることになりました。キャンペーンの実施にあたって、UNICEF教育部署の主導の下、水と衛生、栄養、子どもの保護などの様々な部署と合同で企画書を作ることになりました。また、現地事務所では、被災地のニーズ把握や活動の進捗確認状況を共有するために、毎朝、様々な部署の人々とミーティングを行い、支援が行き届いていない地域や生活状況の悪いキャンプがあるという情報があれば、他の部署の同僚と一緒にキャンプに行き、聞き取り調査を行ったりしました。
普段の通常業務では別の部署やチームと仕事をすることが少ないので、緊急支援で他の部署と一緒に企画書を作ったり視察に行ったことで、UNICEFは多分野にわたる支援ができる組織であり、それがまさにUNICEFの強みだと改めて実感しました。
UNICEFで働くことを目指す学生や社会人へのメッセージをお願いします。
UNICEFは非常に大きな組織であり、様々な専門分野の方が働いています。例えばプログラム部門には栄養、保健、水と衛生、教育等があり、またプログラム部門を支えているオペレーション部門には広報、調達、人事等があります。もしUNICEFで働きたいのであれば、具体的にどのような課題解決のために、どのような役割で携わりたいのかを考え、自分の強みを少しずつ明確にしていくとキャリアに結びつきやすいと思います。
また、やりたいことや興味のあることになんでも挑戦してほしいと思います。普段の学校生活や仕事で国際開発に関する機会にあまり触れることがないのであれば、自分で時間や機会を作り、実際に自分の興味のあることをしている人の経験談を聞きに行ったり、現場を見に行ったり、業務を体験するなどして、主体的に動くと、どんどん視野が広がり、人のネットワークを広げることができると思います。
これは私の経験にもなります。私の大学の学科では常にほとんど同じ同級生と一緒に授業を受け、大学生後半は実験、実習、卒論で忙しくなるとわかっていました。そのままの環境にいたら、関わる人や触れる情報が狭くなっていたと思います。もともと国際開発に関心があったので、大学在学中に2つの国際NGOでインターンシップを行ったり、大学主催のスタディーツアーに参加して国際機関やNGOの現地の活動を見に行ったり、長期休暇中の海外旅行を兼ねて、開発途上国のJICA海外協力隊の現地の活動の様子を見せてもらったりしました。それらの活動を通じて築いた人とのつながりは、社会人になった今も続いていると思います。現場を見て、実際に人から話を聞いたことで仕事の理解が深まり、とても貴重な経験になったと思います。ですから、自分が今いる輪にとどまらずに、積極的にその輪を広げていってほしいと思います。
最後に、私のようにJPO制度を通して国連でのキャリアを始める人は多いと思いますが、JPO制度のない国がたくさんあり、日本に生まれたことがどれだけ恵まれているかを改めて実感することが多いです。特に日本は、JPOをはじめとした色々な制度や仕組みを設けていると思うので、色々なチャンスを見つけ、ご自身のキャリアややりたいことに活用していってほしいと思います。
インタビュー後記(インターン 清水春菜)
突如起きた自然災害の緊急対応。由理佳さんのお話から、いかなる事態にも迅速かつ柔軟に対応していく必要性を感じました。勤務開始から1年少しが経ち、責任重大な緊急支援をされている真っ只中でのこのインタビュー(7月現在)は、現在進行形のお話だということが極めて印象的でした。また、学生時代から自発的で、明らかな目標を持って行動している由理佳さんの意欲的な姿勢を見習いたいと思いました。