第35回 大洋州事務所 新屋由美子
イノベーション専門官
略歴:カンボジアの教育支援NGO、青年海外協力隊としてコミュニティ開発を経験後、イギリスの大学院で平和構築、紛争後開発を学ぶ。UNICEFリベリア事務所でのインターン、UNDPスーダン事務所での国連ボランティアを経て、2014年度JPO試験に合格。UNICEFスーダン事務所、UNICEF大洋州事務所に各2年間勤務し、2019年より現職。
2020年11月12日 スバ(フィジー)発
2020年11月にUNICEF内部向けのニュースレター内、ICT(テクノロジーを活用した開発)で活躍するスタッフ特集記事で公開された、UNICEF大洋州事務所イノベーション専門官 新屋由美子のストーリーを紹介します。また、新屋専門官からUNICEFで働くことを目指す人へのメッセージも紹介しています。是非ご覧ください!
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UNICEFでは、5年ほど様々な分野のイノベーションに関する仕事をしています。UNICEFスーダン事務所での仕事では、あまりテクノロジーを使わないけれども、今までとは違うやり方で問題解決に取り組む、という意味でのイノベーションに重点が置かれていました。大洋州事務所に異動してからは、仕事の中心がテクノロジーを活用した開発にシフトしてきています。
UNICEF大洋州事務所は、太平洋の1,720万平方キロメートルに広がる660以上の島と環礁に暮らす、計230万(120万人の子どもと若者を含む)の人口を有する14の太平洋島嶼国を管轄しています。それぞれの国には類似点はあるものの、各国が独自の課題を抱えています。国と国の間は非常に離れており、国内移動でさえも一苦労です。
このような離島地域特有の課題を克服するため、UNICEF大洋州事務所はテクノロジーを利用したり、新しいアプローチを取り入れたりすることによって、子どもや若者にとって重要な情報やサービスを提供する試みを行っています。UNICEF大洋州事務所は、バヌアツでドローンを使って離島で暮らす子どもたちにワクチンを届けたパイオニアとしても知られています。また、情報格差を解消するため携帯電話技術も活用し、リアルタイムのデータ収集やコミュニティの人々とのコミュニケーションを可能とし、様々な分野でのサービス提供を強化することができます。大洋州内ではまずフィジーで導入され、現在太平洋島嶼国の14カ国すべてでデータ収集に使用されている、携帯電話のテキストメッセージサービス(SMS)を活用したテクノロジーであるラピッド・プロ(RapidPro)もこの一つです。
新屋専門官は、特にRapidProに向き合う時間が長くなり、以前より詳しくなったと感じています。RapidProの優れているところは、常に現場のニーズに適応すべく、システム開発が続けられていることです。特に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックの間、RapidProの導入によって、大洋州の国々では今までの活動の仕方が随分変わりました。例えば、フィジーの青年・スポーツ省と協力して、フィジーの若者を対象とした全国調査を実施し、SMSによりフィジーの若者のコロナ禍における状況に関するデータを集めました。また、最前線でコロナウィルスに対応する医療従事者のための遠隔教育プログラムを開始し、医療従事者が携帯電話を利用してプログラムに参加できる仕組みをデザインしました。
現在大洋州事務所では、RapidProを利用して、一般の人々がコロナ関連の重要な情報にSMSで簡単にアクセスできるような自動会話システムを開発しています。大洋州の国々のデジタルインフラ環境は、発展しつつあるものの、依然として市場規模が小さく、多くの人々が手頃にアクセスできる価格ではありません。これらの制約があるため、すべての子どもたちに支援を届けるためには、より一層イノベーティブな解決策を模索しなければなりません。
UNICEF大洋州事務所副代表のワティニー・ジッジャトゥルーンによると、太平洋島嶼国14カ国を管轄する大洋州事務所では、イノベーション専門の担当者を置いて、イノベーティブな技術を使って様々なプログラムをサポートしたり、デジタル技術を用いた調査やコミュニケーション・ツールを作り上げてそれを活用するための能力育成のための研修を行ったりすることが重要です。
新屋専門官は、RapidProやU-Report※1にとどまらず、他にも利用可能なデジタルツールを用いた解決策を生み出したり、異なる分野のプログラムに関わる同僚と協力してイノベーティブな問題解決策を提案するなど、仕事は多岐にわたります。テクノロジーを活用したイノベーションの他にも、「Generation Unlimited Youth Challenge※2」に代表される、若者自身がイノベーションを生み出すサポートをする活動も行っています。
新屋専門官はジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)としてUNICEFスーダン事務所と大洋州事務所でイノベーションに関わる業務に携わりました。UNICEFに勤務する以前、国際開発、平和構築等の分野での経験を通じて、いかにイノベーションが人々の生活に変化をもたらす可能性を秘めているかを実感してきました。UNICEFが従来から実施してきたプログラムの中に、テクノロジーを利用したり、異なるアプローチを試みたりするイノベーションを統合していくことは非常に興味深い反面大変な仕事で、これらの経験がより仕事の上での成長につながっていると感じていると新屋専門官は語ります。
※1 携帯電話のSNSを使い、若者たちがコミュニティについて意見を交換したり、アンケートに応えたりして、コミュニティにより良い変化をもたらす力となることができる、RapidProを用いた若者向けプラットフォーム。
※2 2018年、2030年までにすべての若者が質の高い教育、技能研修、雇用を得られるようにするための新しいパートナーシップ、「Generation Unlimited(無限の可能性を秘めた世代)」が国連総会で発足されました。2018年に世界16カ国で実施され、2019年には世界40カ国に広がった「Youth Challenge(ユース・チャレンジ)」は、「Generation Unlimited」の3本柱である、中等教育学齢期の若者への教育と、学習能力や雇用の可能性、適正な仕事への就職の可能性を高めるための技術の習得、エンパワメントを支えるための解決策を若者たちが考えられるようにするための取り組みも行われています。
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新屋専門官から、UNICEFで働くことを目指す方へのメッセージ
「UNICEFでイノベーションの担当って何ぞや?」と思われる方が多いと思います。UNICEFでは、子どもの保護や保健、水と衛生などの基本的なプログラム分野において高い専門性を持って仕事をしている人が多いですが、その他に財務や人事、調達など、オペレーション分野や、プログラムの枠組を超えた分野横断的な課題(広報や行動変容、緊急支援、モニタリング評価、イノベーションなど)に携わる人材も必要とされています。また、UNICEFは子どもに関する支援をする国際機関というイメージで、現場で子どもに直接裨益する支援に携わっているという印象が強いかもしれませんが、実際は政府やNGO、他の国際機関などとのパートナーシップを構築して、プロジェクトを管理する、といった後方支援的業務により多くの時間を費やしていると思います。
通常イノベーション担当の人材は各国事務所にいても一人しかいない場合が多いです。そのために苦労することも多いですが、その代わり事務所内ほぼすべての部署の同僚と関わり、事務所代表や副代表レベルと直接話をし、自分が直接地域事務所や本部とやり取りをする機会をJPO時代から多くいただくことができました。UNICEF内では組織全体で効率的にイノベーションやテクノロジーを活用した開発を促す方向にシフトしているので、国事務所同士の連携や情報共有も強化されつつあります。キャリア面では、イノベーション分野で一つの国事務所で成果を出すことができれば、他の国でも仕事ができる機会が得られやすいかもしれません。
私自身、イノベーションを担当するためにUNICEFを目指したというよりは、自分の興味関心とこれまでの経験が活かせる分野がUNICEFのイノベーション分野だったと思います。常に新しいテクノロジーやアプローチが出てくるたびに自分である程度の知識を習得することが期待され、そして新しい試みでプログラムの成果が出せないかもしれないリスクを負いながら、最小限の失敗から学んで代替案を出し続けていくのは忍耐力を必要とされます。しかし、自分のアイデアによって今までにない新しい試みがなされ、それにより国レベルの成果が見えたときの喜びは格別です。
自分自身もJPO卒業後の駆け出しの身で、UNICEFでのキャリア構築についてあまり有益なアドバイスはできかねますが、自分に与えられたチャンスを活かして貪欲に学んでいくことと、常に同僚や上司との関係を大切にすることは大事だと思っています。UNICEFでは組織のミッションに共感し、子どもの利益のために懸命に仕事をしている人が多いので、自分もミッションに忠実に最大限の成果を出すことを心がければ、自ずと組織に必要とされる人間になっているのではないかと思います。