第79回 モザンビーク事務所 大平健二

教育マネージャー

大学を卒業後、ザンビアでNGOのインターンを経験し、日本の商社や大使館での仕事を経て、JPOとしてUNICEFモザンビーク事務所に入職。その後、JICA専門家としてモザンビークやケニアで勤務。UNICEFイエメン事務所、アンゴラ事務所、中東北アフリカ地域事務所のガジアンテップ現場事務所を経て、2018年末より現職。 

UNICEFモザンビーク事務所 教育マネージャー 大平健二と、子どもの退学に関する調査の研修に参加した人々との写真。
UNICEF Mozambique/2020 子どもの退学に関する調査の研修の参加者たちと。(写真前列中央)

現在、どのような仕事をしていますか?

私は現在、UNICEFモザンビーク事務所の教育マネジャーとして働いています。アフリカ南東部に位置するモザンビークでは、学校に通っていない子どもも多いですが、学校に通っていても簡単な文章を読んで理解することができない「学習の貧困」も深刻です。これは世界的な課題でもあります。低・中所得国で10歳児の10人に6人の子どもが学習の貧困に陥っていると推定されており、モザンビークではその割合は10人に9.5人です。20人に1人しか、きちんと学習した内容が身に付けられていないのです。また、国内の地域間格差も大きいです。日本で例えると、モザンビークの北から南は九州から北海道ぐらいの距離で、首都が鹿児島にあるようなイメージです。首都から離れていくにしたがって、教育だけでなく、子どもに関するすべての数値が低下していき、州ごとの予算や子ども一人当たりの予算も少なくなっています。モザンビーク全体として状況が良くはない上、地域の格差が大きいことも課題です。 

教育の活動には、まず大きく分けて緊急支援と開発支援があるのですが、私は緊急支援の一部と開発支援のうち就学前教育以外の活動を担当しています。UNICEFは、教育へのアクセス、教育の質、システムの強化の3つの柱のもと、モザンビークでの活動を展開しています。一つ目の柱である教育のアクセスに関しては、女の子や障がいのある子どもを含むすべての子どもたちが教育を受けられるようにする、インクルーシブ教育の促進に関して教育省を支援しています。例えば、障がいのある子どもたちが学校で適切なサポートを受けられるように、教員への研修を行ったり、学校のトイレやスロープなどのインフラの整備をしたり、身体的な障がいのある子どもに車椅子などを提供します。車椅子を提供するにも、サイズや性能をそれぞれの子どもに合わせてカスタマイズしなくてはいけないので、容易なことではありません。また、周りからは気付かれにくい障がいもあります。例えば、眼鏡の提供も始めようとしていますが、眼鏡を作るためには、視力を測って度数を決めたり、それぞれの子どもの顔の大きさに合わせなくてはいけませんよね。教育省だけではできないこともたくさんあるため、特にインクルーシブな教育の促進はまだまだ課題が多いと感じています。

二つ目は、教育の質を向上させるための支援です。先ほどお話ししたとおり、モザンビークの子どもの学習の貧困をなくすための支援を行っています。具体的には、特に上述の「学習の貧困」に対処するため、教員に対する指導法の研修や国語や算数の補助教材の提供、校長先生等への研修を通じて学校運営を強化することで、子どもたちの学習環境を整えて、教育の質を上げるための支援を行っています。 

学校のスクールカウンシルのメンバーとの話し合いの様子。
UNICEF Mozambique/2022 日本のPTAのような組織である、学校のスクールカウンシルのメンバーとの話し合い。

三つ目は、国や州、郡レベルの教育に関するシステムの強化です。教育に関する統計や調査をもとに、省庁やドナーへのアドボカシーを行っています。例えば、退学に関する長期的な追跡調査は、モザンビークに限らず世界的にも、コロナ以前、以後の教育事情を追った唯一の研究として、内外で高く評価され、計画策定等で政府やドナーに頻繁に使用されています。この他、スクールカウンシルと呼ばれる、日本でいう学校のPTAのような組織への支援に力を入れています。スクールカウンシルはコミュニティからリーダーが選ばれ、学校の先生、生徒、親やコミュニティの人々で構成されており、学校の運営資金の用途を決めたり、先生の出欠状況のチェックや、学校を退学したり、あるいは、する危険のある子どもの親と話をしてもらったり、教育の重要性に関する啓発活動を行っています。UNICEFはこのように、コミュニティも学校運営に関与させようとするモザンビーク政府の方針を強力にサポートしながら、地域ぐるみで子どもたちが学校で教育を受けられるようにサポートしています。

また、モザンビークはサイクロンなどの自然災害に見舞われることも多く、UNICEFは大きな災害後に子どもたちへの緊急支援を行っています。私が着任して4カ月ほどで、サイクロン「イダイ」の甚大な影響に見舞われ、前職の紛争下のイエメンと同等の最悪の緊急レベルと位置付けられた災害支援にも携わりました。また、2023年には、その存在期間と放出したエネルギー量でギネスブックに掲載されるといわれるサイクロン「フレディ」が、「イダイ」以上の被害をもたらし、こちらの緊急支援の陣頭指揮も取りました。モザンビークには小学校が1万3,000校ほどあるのですが、その半分が藁ぶき小屋のような建物です。そのため、サイクロンに見舞われると、学校が潰れてしまったり、屋根が吹き飛んだりしてしまいます。UNICEFはこのような災害の影響を受けた校舎の修復や、通学鞄や学習用品、教材の提供を行っています。また、将来起こり得る災害に備えて、サイクロンへの備えや子どもへの防災教育も行っています。 

サイクロンの影響を受けた学校を訪問する様子。
UNICEF Mozambique/2024 サイクロンの影響を受けた学校を訪問。

これまでのキャリアについて教えてください。

高校生の頃に第一次湾岸戦争が起こり、日本の外に目が向くようになりました。国際的に貢献できる仕事に就きたいとは思っていたのですが、専門分野を絞るまでには至っていなかったので、大学では国際関係学部に入学して幅広い勉強をしました。大学時代には、実際に開発途上国での支援に携わりたいと思い、ザンビアで活動するNGOでインターンとして働きました。そうしたら、たまたま日本の商社が現地で採用を行っていたので、現地で就職をしてODA関連の仕事をしました。視察のためにザンビアの地方に出張する機会があり、その際に立ち寄った学校の悲惨な状況に衝撃を受けました。学校の窓ガラスは全部割れており、校長先生は、校長室の半分を住居空間にして、住み込みで働いていました。他の先生たちも、家具のない一軒家に5人ぐらいで一緒に暮らしていました。私はそのあまりにも困難な状況を目にして、「大変な状況で頑張られていますね。」と校長先生に声を掛けたら、校長先生が、「子どもたちは国の宝ですから。」と言ったんです。この言葉に深く感動して、自分も子どもたちの教育に携わりたいと思うようになり、大学院で教育の勉強をしました。卒業後、在モザンビーク日本国大使館での仕事を経て、UNICEFモザンビーク事務所でJPO(ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー)として働きました。その後一度UNICEFを離れて国際協力機構(JICA)で4年半働き、UNICEFイエメン事務所に復帰し、アンゴラ、ガジアンテップを経て、もう一度モザンビークに戻ってきました。モザンビークでは計13年ほど働いていますね。 

UNICEFの大きな特徴は、「すべての子どもたちのために」という、はっきりとした使命があることです。例えば、各国政府による支援は、突き詰めれば、その国の国益になることが重要です。しかし、UNICEFは国家的な利害や政治に左右されることなく、子ども最優先の活動を行うことができるのが、大きな魅力だと感じています。また、特にUNICEFのチームワークの力は本当に素晴らしいと思います。世界中のUNICEFの職員一人ひとり、様々なレベルで異なる役割を果たしていますが、全職員が「すべての子どもたちのために」という共通目標のために力を合わせて活動しており、この組織で働いてよかったなと思います。 

モザンビークの教育の状況についてテレビのインタビューを受けた際の様子。
UNICEF Mozambique/2022 モザンビークの教育の状況についてテレビのインタビューを受けた際の様子。

これまでに特に印象に残っている出来事はありますか?

中東最貧国のイエメンは現在も深刻な人道危機に陥っていますが、紛争が始まった頃、私はUNICEFイエメン事務所で働いており、サウジ連合軍の突然の空爆開始に伴い、地域事務所のあるヨルダンまで国外退避も経験しました。UNICEFはイエメンで敵対している政府派と反政府派の両グループと話し合いの機会を持ち、子どもたちの命を守る支援を行っています。紛争が激化する中、両グループとの話し合いを行った際、考え方は異なるものの、政府派なのか反政府派なのかには関わらず、子どもの教育に対しては、熱い想いを持って真剣に議論が行われていました。ある時は、教育副大臣が、イエメンの子どもたちの置かれた状況を涙ながらに報告し、支援を訴えたということもありました。彼らからは、子どもたちのため、そして国の未来のために教育は重要なんだという想いがひしひしと伝わってきました。

また、UNICEFではイエメンの学校レベルでの支援も行っており、子どもたちが平和について考えたり、子ども同士の喧嘩をどうやって減らしたり解決したりできるかを考える、平和教育を実施しています。この活動では、子どもたちが平和に関する詩を作って朗読したり、劇をしたり、すごろくのようなボードゲームを使って平和や子どもの権利に関することを学んだりしています。UNICEFは約400校で活動を行ったのですが、平和教育を行った学校の先生や子どもたちが、自主的に他の学校でもボードゲームや劇を行っていたのです。私もたまたまその現場に居合わせたことがあるのですが、UNICEFの支援を受けた学校の生徒が別の学校の全校集会に参加して、生徒たちの前で平和に関する劇を披露している姿を見て、胸が熱くなりました。

また、UNICEFはソーシャルメディアでも平和に関する啓発活動を行っています。子どもたちの喧嘩をどうやって仲裁して解決していくのか、親や先生からのいじめにはどう対応したらよいのかを人形劇にして、フェイスブックで公開しました。この動画はイエメンだけでなく、近隣諸国の多くの人たちが見てくださって、一カ月で40万回以上の再生がされ、大きな反響を呼びました。事務所で大成功と見なされる動画の視聴回数が1,000回程度であることを考えると、本当に驚異的な出来事だったと思います。このような経験から、イエメンの紛争は終わりが見えず、イエメンは好戦的なイメージを持たれることも多いのですが、実はこの国の誰もが平和を強く望んでいるのだと実感しました。 

学校訪問の様子。
UNICEF Mozambique/2024 学校を訪問した際の様子。

長年にわたって、どのように国際協力の分野でキャリアを築かれてきましたか。また、ワークライフバランスはどのように保たれていますか?

ワークライフバランスに関しては、正直、私自身も苦労してきました。紛争が激化して緊急支援を行ったイエメンでの活動は特に忙しく、週末も休むことなく、朝早くから夜遅くまで働き詰めの日々を過ごしていました。UNICEFでは、活動地域の中でも特に厳しい条件にある地域では、職員の身体的・精神的なウェルビーイングを維持するため、定期的に駐在地外で休みを取る制度が設けられています。しかし、その休みの間も、イエメン国内にはいないのですが、ずっと仕事をしていましたね。その結果、バーンアウト(燃え尽き症候群)になってしまいました。このような経験から、その後はできる限りワークライフバランスを意識的に取るようにしています。

国際協力の仕事を続けるのは、国を超えて勤務地が代わったり、契約が短いことも多く、競争が激しかったりして、苦労することもあります。特に国連の仕事は、業務内容や勤務地にもよりますが、世界中から何百人という人が受験します。また、採用の際には出身国やジェンダーが考慮されることも多く*、私自身も、自分の能力以外の点で採用が見送られた経験があります。また、どの職場にも言えることですが、実際に就職してみたら、組織や同僚たちと相性があまり良くないと感じる場合もありますよね。もちろん実際にこのようなことに直面するとがっかりはするのですが、自分ではコントロールができないことについて悩んでも仕方がないなと思うようにしています。また、例え仕事に就けたとしても、途上国の業務は生活環境も含め大変なことが多いですよね。そもそも、だからこそ、私たちのような人間が必要とされているわけなので、なぜUNICEFで働きたいのかという原点に立ち返ったり、忘れないようにするようにして、日々の業務のモーティベーションにしています。

*「国連システムのジェンダーパリティ戦略」に沿う形で、すべての分野におけるジェンダーパリティ(ジェンダー公平)と多様なスタッフの包摂に努めています。

パートナーとのランチミーティングの様子。
UNICEF Mozambique/2021 パートナーとランチミーティング。

UNICEFの仕事に関心がある若い世代へのメッセージをお願いします。

国際協力の世界で仕事をしていきたいと考えている方には、やはり、なぜこの仕事をしたいのかということを忘れないようにすることが大切だと思います。大変なことも多いですが、ここまでやってきて良かったと思える機会にも多く恵まれます。例えば私にとっては、それが子どもたちの笑顔を目にしたときや、UNICEFの支援を通じて子どもたちに貢献できていると実感すること、それを一緒に頑張ってきた同僚や教育省の担当者と共有する時だったりします。そして、このような経験をしたら、その気持ちを忘れずに次に繋げていくことが大切だと思います。近年は気候変動の影響も大きくなっていますし、子どもたちやその次の世代の世界がどうなっているか分かりません。国際協力の道に進みたいと思っている方には、次の世代に目を向けたときに、自分にできることは何なのかを考え、行動に移していきながら、頑張っていってほしいなと思います。