第59回 フィリピン事務所 大澤亜希
教育担当官
国内大学院の修士課程在学中にUNESCOバンコク事務所でインターンを開始し、その後同事務所で勤務。UNESCOで4年間勤務した後、米国大学院で教育政策学修士号を取得し、2021年よりJPO制度を通じて現職。

現在、ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)としてどのような仕事をしていますか。
UNICEFフィリピン事務所の教育担当官として、基礎教育を支援する仕事をしています。これまで主に3種類の業務を担当してきました。
1つ目の業務は、フィリピンの学校教育・代替教育への政策支援です。代替教育とは学校教育を修了できなかった子どもや若者に基礎教育と同等の卒業資格を与える教育省管轄のプログラムです。フィリピンのような低・中所得国では、UNICEFが現場において支援を行うだけでなく、すべての子どもたちに教育が行き届く政策や制度を構築する支援が重視されています。
具体的には、東南アジア6カ国が参加した地域内学力調査である「東南アジア初等教育学力指標(Southeast Asia Primary Learning Metrics:SEA-PLM)」における、フィリピン教育省への支援を担当しています。これまで、教育省と質問用紙の作成やデータ収集について調整をしたり、データ分析の確認や国別報告書の公開イベントの開催をサポートしたりしました。分析結果から、フィリピンにおいて多くの子どもたちが単純な文章を理解することができないという学習貧困が明るみになりました。この調査結果は、現在の子どもたちの学びの改善に向けたアドボカシーやプロジェクトの企画に大きく貢献しています。また、政府や学校、開発パートナーなどが子どもたちの学びの改善のために何をすべきかをまとめたUNICEFの政策提言書も執筆しました。
また、大学院時代にフィリピンの代替教育の研究を行っていた経験から、エビデンスに基づく代替教育の政策を推進するためのプロジェクトも担当しました。私は、学習者が代替教育で直面する問題に関する研究報告書と政策提言書を執筆し、代替教育のエビデンスの強化に向けて教育省はどのような研究を推進していくべきかをまとめた研究課題策定に関するプロジェクトも担当しました。
2つ目の業務は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による長期の学級閉鎖や台風の影響を受けた複式学級に対する支援です。複式学級とは、異なる学年の子どもたちを一つに編成し、一人の教員が指導を行う学級です。UNICEFフィリピン事務所は2017年から、フィリピンの遠隔地にある複式学級を支援してきました。もともと開発支援の一環で始まった支援ですが、近年、COVID-19や台風の被害を受けた子どもたちへの緊急支援に応用しています。COVID-19対応では、対面授業が中断されていた期間に遠隔学習を補助するため、教育省、パートナー団体、フィリピンの大手通信会社と共同で、教育省公式の学習教材などをデジタル化し、パソコンやタブレットなどのデジタル学習機材を学校に提供しました。その後、2021年12月にフィリピンを襲った台風22号の被害を受け、被災地で複式学級を実施している学校の学習回復を支援するため、デジタル学習機材を学校に提供し、教員の研修を実施するプロジェクトを立ち上げました。これらのプロジェクトでは、提案書や予算案の作成、教育省などの関係者との調整、進捗状況のモニタリング、ドナーへの報告、広報活動など、プロジェクト全体の管理を行いました。
3つ目の業務は、日本のパートナーとの協力関係の構築です。事務所の唯一の邦人職員として、在フィリピン日本国大使館や公益財団法人日本ユニセフ協会とのパートナーシップを補助しています。日本の支援による事業の立ち上げやプロジェクトの実施と事後評価、広報活動などにおいて、UNICEF内の関連部署と日本大使館や日本ユニセフ協会との調整を行っています。

これまでのキャリアと、UNICEF で働こうと思ったきっかけを教えてください。
日本で生まれ育ち、外国と無縁の子ども時代を過ごしました。高校生の時に学校の国際学の授業で開発途上国のことを学び、国際協力への関心を抱くようになり、大学では元UNESCO職員である教授のもとで教育と国際協力について勉強しました。将来は国連職員として国際協力の実務に携わりたいと思い、大学卒業後すぐに国内の国際開発学専門の大学院に進学しました。
修士課程2年目に、大学院が提携しているUNESCOバンコク事務所のインターンシッププログラムに参加し、UNESCO統計研究所のアジア太平洋支部にあたる部署に派遣されました。ちょうど大学院卒業後の進路に悩んでいた時期でしたが、UNESCOバンコク事務所では同年代のインターン生がたくさん働いており、国際協力のキャリアに直向きな彼らの姿勢や向上心にとても刺激を受けたのを覚えています。インターン終了後にスタッフとして採用してもらうことになり、約4年間働きました。働きながら1つ目の修士号を取得しました。
UNESCOバンコク事務所では、主に2030年までの国際教育目標である「持続可能な開発目標(SDGs)の目標4」において、アジア・太平洋加盟国でSDG4が採択された時点での現状を測るためのベースライン調査や、主要な政策とモニタリングに関する課題の分析などを担当しました。これらの業務を通して、教育政策に必要な指標やデータの扱い方を学び、地域レベルで幼児教育から生涯教育まで幅広い分野でデータを分析し、報告書や政策提言書などを執筆する経験をすることができました。UNESCOで学んだことは現職にとても活きています。しかし、UNESCOバンコク事務所での仕事は地域レベルの教育の概観やアドボカシー・問題提起に限定されていたので、もっと国レベルのデータを用いて現場で教育政策やプログラムの改善に貢献できる知識とスキルを身に着けたいと思い、UNESCOを退職して再度大学院に進学しました。
進学先の2つ目の大学院では、教育政策学でデータ分析と研究手法を専攻しました。元々フィリピンの教育に関心があったことから、大学院の夏休みにフィリピン教育省に直談判し、大学院生研究者として、代替教育を管轄している部署で修士論文執筆のための研究活動をさせてもらいました。教育省の職員の方々と同じ机に座らせてもらい、代替教育の政策や取り組みを教育省の内部から見ることができて、とても良い経験になりました。また、刑務所や公民館で行われている代替教育プログラムに参加させてもらい、学習者から直接話を聞くことができました。一番印象に残ったのは、20歳でハウスヘルパーの仕事をしながら代替教育に通っている学習者が、泣きながら自分の過去や現状を語ってくれたことです。彼女を含め、多くの学習者たちが代替教育で再度自分の将来に夢や希望を持ち、勉強に励んでいる姿に感銘を受けました。
この経験から、次の仕事では国レベルで教育の実情や政策、システムを深く理解し、より現場に近いところで自分の持っている経験や知識、スキルを活かして教育に貢献したいと思いました。UNICEFを志望した理由は、開発途上国の教育現場におけるプレゼンスや影響力があるからです。UNICEFでの仕事を通して、途上国の教育現場に寄り添い、最も効果がある支援を考え、改善に向け現地の活動をサポートし、最善の教育を届けることに貢献したいと思いました。そして、在学中にJPO制度を受験し、合格。卒業後にUNICEFフィリピン事務所に派遣されました。

仕事を通じて経験した課題や、記憶に残る出来事を教えてください。
最も記憶に残る出来事は、前述の複式学級を実施している学校への支援です。フィリピンの遠隔地にある複式学級では、COVID-19以前から都市の学校に比べて学力が低いことに加え、COVID-19の影響で対面授業が中断されていた期間に保護者が家庭で遠隔学習を指導できず、子どもたちの学習の遅れが問題になりました。そのためJPO着任後すぐに、コロナ禍での学びを継続するための複式学級のプロジェクトを担当することになりました。
前職では地域レベルのリサーチやモニタリングに携わっていたため、現場レベルでのプロジェクトの実施は本業務が初めてでした。さらにコロナ禍での勤務開始となったので、フィリピンに渡航後もしばらくは同僚やプロジェクト関係者に対面で会えず、リモートで業務調整を行いながらプロジェクトを実施することになりました。UNICEFのことも、プロジェクトのことも右も左も分からず、かつ同僚やプロジェクト関係者ともコミュニケーションが取りづらい中、どうやったら円滑にプロジェクトを進められるか、何か改善・提案できることはあるか、関係者との調整は上手くいっているかなどを常に考え、日々試行錯誤してプロジェクトに向かい合いました。
そんな中、分からないことがあるとすぐに手を差し伸べてくれる同僚や、ロックダウンや行動制限によりプロジェクト活動に影響が出た際、現場経験を活かして柔軟に解決策を提案してくれたパートナー団体のNGOにはとても感謝しています。コロナ禍の行動規制という難しい条件の中で、教育省やパートナー、通信会社など様々な関係者と一緒に現場に教育を届けるという経験にとてもやりがいを感じました。教員や教育省、州・市事務所の職員からの感謝の声や、本プロジェクトで開発したデジタル学習教材を使って生徒の学習への意欲が高まったなどの現場の報告を聞いてとても嬉しかったです。
その後、プロジェクトを台風被害の緊急支援にも応用し、その一環でUNICEFとマイクロソフト社が共同で開発したデジタル学習プラットフォームである「Learning Passport(学習パスポート)」(危機下においても、学校のカリキュラムや学習教材にオンライン及びオフラインでアクセスすることができるプラットフォーム)をフィリピンに初めて導入しました。UNICEF本部やUNICEF東アジア・太平洋地域事務所など新たな関係者が加わり、もともと開発支援の一環で始まった複式学級のプロジェクトが緊急支援にも活用され、発展していく過程に携わることができ、とても面白い業務に向き合うことができています。
今後の課題は、一部の地域で実施された本プロジェクトの成功例や課題をどのように国レベルでの政策やプロジェクトに繋げていくかという点です。本プロジェクトを含め、UNICEFでは様々なプロジェクトが試験的に導入されていますが、一部の地域のパイロット事業で終わらせるのではなく、プロジェクトの結果をきちんとモニタリング・評価し、それらを政府関係者や教員、生徒、開発パートナーなどと協議し、成功例を政策や他地域にも活かし、より多くの子どもたちに公平かつ質の高い教育が提供できるよう努める必要があると考えています。

UNICEFで働く原動力や醍醐味、やりがいは何ですか。
UNICEFで働く醍醐味は、プロジェクトの実施から政策まで総合的に教育の支援に携われることです。どちらか一つだけではなく、現場でのプロジェクトと国の教育政策やシステム強化がリンクしてこそ教育の改善は実現できると考えています。プロジェクト実施ではマネジメント、企画、様々な関係者との調整、広報などにおいて、政策支援ではリサーチやデータ分析、出版物の執筆、政府関係者との協議などにおける能力が求められますが、このような分野で総合的に成長ができるのは、UNICEFならではの魅力です。さらに、ドナーやコンサルタント、開発パートナーなどと協力し、UNICEFが持っているリソースや知見を越えて、多様な関係者と教育の改善に向けて仕事ができることもUNICEFで働く醍醐味です。
また、リサーチやモニタリングの経歴を持つ私にとって、UNICEFでは現場経験やプロジェクトの実施に強い職員が多いことに魅力を感じています。例えば、代替教育の研究報告書と政策提言書を執筆した際は、その研究結果と提言をもとに、代替教育の専門家がUNICEF主催の全国レベルの代替教育の啓発キャンペーンにつなげてくれました。エビデンスや研究結果を書面に留めるのでなく、プロジェクトの企画やアドボカシーなどに活かすことができる点にUNICEFで働くやりがいを感じます。
加えて、日々の業務の中で成長の機会やサポートがあるのもUNICEFで働く醍醐味です。私は幸い直属の上司に恵まれ、隔週で個人面談をしてくれ、私のできることや提案に耳を傾け、様々なことに挑戦させてもらえています。例えば、基礎教育プログラムを担当していた専門家が離職した際、後任が採用されるまで、代理として基礎教育プログラム全体のプロジェクトと予算管理などを任せてもらえました。その他、メンター制度やコーチング制度、ストレッチ・アサインメントという短期間他の事務所での経験を積むことができる制度など、キャリアへのサポートが充実していることや、仕事の成果だけではなく、スタッフの福祉やチーム・ビルディングなどといったソフトの面にも重きを置いていることもUNICEFで働く魅力です。

UNICEFで働くことを目指す学生や社会人の皆さんへのメッセージをお願いします。
UNICEFや国連の仕事に興味を持たれている方は、まずはインターンシップや国連ボランティアなどを通して実際に国連の現場を体験してみることをおすすめします。私の国連でのキャリアはインターンから始まりましたが、国連での働き方や求められている能力を自分の目で見ることができたり、国際協力に同じ志をもつインターンや若手職員と出会うことができたりと、とても自分のキャリアに有益な経験になりました。
私はインターン後に国連に就職することになりましたが、色々な経験を積んだ上でUNICEFや国連に入った同僚がたくさんいます。国際機関に就職するまでには多様な道があり、前職で身に付けたスキルや経験が、新しい視点や発想として国連での仕事に活きてくると思います。UNICEFや国連でのキャリアということに焦らず、自分が好きなことややりたいことを軸に経験を積み、その延長線でUNICEFや国連のキャリアを目指してみると良いと思います。
また、これまでの国連の仕事で、自分がイニシアティブをとることで様々な業務に挑戦させてもらえる機会が多くありました。そのため、与えられた業務に受け身にならず、自分の強みやこれまでやってきたこと、所属部署で足りない部分などを分析し、自分ができることややりたいことをどんなに小さくてもよいから提案する習慣を身につけることは、UNICEFだけに限らず他の国際機関で働く上で役に立つと思います。
最後に、UNICEFや国連でのキャリアは異動が続き不安定な雇用形態ですが、それに制限されることなく、自分が望む人生に向かって、キャリアもプライベートも積極的にチャレンジしてほしいと思います。“should”ではなく“want”でものを考えて、キャリアもプライベートも自分自身が望むものを実現できるように頑張ってほしいと思います。